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不思議夜話10

第十夜

気が重くなる夢を見た。
真夜中だと思う。私は駅に向けて車を走らせていた。駅は山の頂上付近にあり、道はその駅に向けまっすぐ上っていた。誰かを迎えに行く途中だとは思うのだが、それが誰なのかはとんと思いつかない。ヘッドライトだけが迷うことなく路面を捉え続けていた。辺りは一面の草原か何かのようで、人家の気配も無い。
どれくらいの時間が経ったのだろう。漸く目指す駅に着いた。改札が一つあるだけの小さな駅だ。その駅だけがいくつかの蛍光灯で照らされて、暗闇の中に浮かんでいた。駅員が一人、所在なさげに改札付近に立っている。私はいつの間にか車を下りており、最終電車は何時着くのかと聞いた。
「間もなくです。」
抑揚のない小さな声が漏れる。四畳半くらいの待合室には、不揃いの椅子が4、5脚置かれていた。そのうちの一つに腰掛けると、電車が滑るように入ってくる。覆いのないトロッコ列車のような車両で、運転手も車掌もいないようだった。
降りてきたのは女性が一人きりだ。高校の担任だった。そうか、私はこの駅まで先生を迎えに来たのだったのだと思い出した。とうに退職した筈だが、容姿はあの頃のままで、お世辞にも美しいとは言い難いが、教師というのは歳を取らないらしい。全く羨ましいものだと独りごちて、二人車に乗り込んだ。突然、
「就職は決まったの。」
と聞かれた。「卒業試験はどう。」とも問う。さっき迄、年季の入った社会人だと思っていたが、何だ自分はまだ大学生だったのだと思った。ならば高校の担任が歳を取らないのも合点がいく。
「地方公務員ですよ。卒業試験は明日からで、ゼミを除いて6単位残してますが、念の為5教科20単位受けますのでなんとかなると思います。」
と答えて、急に憂鬱な気持ちになった。そうだ、就職が決まっているのだが、卒業は確定していない。その上なんの試験が残っているのか全く思いつかない。つまり、明日試験なのに全然準備が出来ていないという事だ。鼓動が嫌な速さになる。こんなことしてる場合じゃないよな。不安が募ってきて気が滅入る。何だったっけ?何が残ってるんだったっけ?右に左に切るハンドルもズンズン重くなってきた。

しょげながらハンドルを握っていると、
「もうすぐ夜明けだが、間に合うのか。」
という、野太い声がした。振り返ると、そこには若い頃に配属された所属の課長が座っている。さっき迄別の誰かと一緒だったと思っていたのだが、執務室の机に突っ伏して眠っていたのだろうか、判然としない。
そういえば、明日の朝に取りまとめた資料を机の上に置いておくよういわれたっけ。本人は良いよな、指示して「じゃ、明日」と手を軽く上げて帰るだけなんだから。こっちは徹夜覚悟で仕事してるんだよ。堪んねぇな。と左右に顔を振った。
「先輩、これどうするんですか。」
新採の職員が裏側に雑な図形のようなものを書き殴ったカレンダーの束を付き出す。えっ、これキレイにパソコンでまとめ直してって言ったじゃん。何も出来てないの?ほら、窓の外が白々として来てるよ。俺が、するの?確かに今からじゃコイツには無理だよなぁ。やりますよ、ハイハイ。
カレンダーの束を受け取ったものの、ますます気が滅入ってくる。で、何の資料だったけ。思いつかない。額がじっとりして息が激しくなる。カレンダーの裏面の文字や図形は走り書きのようで何が何やら全く判らない。どうすんだよ、俺。俯いて頭を掻きむしった。

「お客さん、ずいぶんイライラしてるね。」
顔を上げると、運転手がミラー越しに笑っている。
「ええ、ちょっとね。子供が生まれそうで。」
「そりゃ、お目出度い。」
「で、ちょっと急いでもらえませんかね。」
あれ?さっき迄、誰かに腹を立てて、イライラしていたはずだったのに、記憶が判然としない。
運転手が前を指さした。薄っすら明けてきた道路は、ほとんど車で埋め尽くされている。出産前に隣町の実家に帰っていた家内から連絡を受けて、慌ててタクシーに乗ったのだが、生憎の渋滞に阻まれたようだ。それにしてもこんな早朝に、いくらなんでも車が多すぎるだろう。段々腹が立ってきた。イライラも最高潮だ。家内の顔が浮かぶ。不可抗力なので仕方ないと、別に何か言われる訳ではないが、きっと不機嫌にはなるだろう。嫌だなぁ。自分が悪い事をしていなくても、家内の不機嫌オーラが辺りに立ち込めると、ビクビクしてしまう。気付かないうちに、両足で貧乏揺すりをしていた。ちくしょう、運転席脇で、料金メーターがカチカチと小気味好い音を立てているのも余計に腹が立つ。カチカチ、カチカチ、カチカチ。

ジリリっという音で飛び起きた。
白々としていた空はすっかり明け、室内で飼っていた愛犬がその勢いに吃驚してこっちを見ていた。

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