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Mt.Chekigo(6,257m)南フェース   クライミングレポート (2022.Nov)

はじめに
 私たちの当初の目的は、ネパール・ヒマラヤ、ロールワリン山群のMt.Chukyimago(チュキマゴ峰、6,259m)に未踏で残っていた南面を登ることであった。しかし残念ながらその姿をみることもなく断念。高度順化を順調にすすめること、体調をうまく維持することは難しいことなのだとあらためて考えさせられた。

 その後、BCとしていたNa村(4,180m)のすぐ裏(北)側に広がる主稜線の一角、Mt.Chekigo(チェキゴ峰、6,257m)に目標を変更して、その南面にアルパインスタイルで挑んだ。結果は、主稜線に到達して直ぐに下降、山頂に立つことは叶わなかった。

 登山としては失敗。それは十分に認識しているつもりである。それでも、と思えてくる。私たちは十分にがんばった。充実感がある。

 これは、ほろ苦くも後味のよい記憶とその記録である。登山を愛する方々に一読いただけたとしたら幸いである。

チュキマゴ峰・南フェース

偵察
 10月30日、発熱の療養のためBeding村(3,800m)へ下りることになった上田さんを見送る。しばらくして、チェキゴ峰の南面を偵察にいくことを思い立った。だめで元々、アプローチだけでも確認しておきたい。ベースキャンプでいたずらに日数を消費してもよいことはない。後にきっと役にたつものだ。

 BCから裏山に向かって適当に歩きはじめる。ヤクの放牧圏内から出ると不安定なスラブ帯となり、そこから丘陵を5,000mまで上がってみた。草付きが続き、危険が少ないのでホッとする。ラウンドトリップして、おかげで下降中により歩きやすい道を見つけることが出来た。

 翌10月31日、上田さんに付き添ってくれたライさん(BCコック兼マネージャー)がBCに戻ってきた。さっそく依頼した要件を確認する。結果はOK! 後出しでも別峰の許可が取れることが可能と判った。これでチェキゴ峰へトライ出来る。ずいぶんと気持ちが前向きになった。

 11月1日、昨日の許可取得可の件を受けて、早朝から再度の偵察に行く。軽量化のためクライミングギアは持参しない。行けるところまで上がってみるつもりで出発。前回の偵察ルートの緩い尾根は5,100mで終わって、そこからいきなり壁となり、弱点は眼前の溝状のクラックだけとなっている。一瞬躊躇したものの登ることにする。20m、Ⅳ程度をトレッキングシューズでスメアリング。なかなかに悪いので心配になるが、クライムダウン出来るかどうかを考えるのは後回しだ。

最初の壁 偵察時に出くわしてフリーソロ

 その先は、簡単な岩稜が続く。なんと、途中からケルンが散見されるようになった。すでにここをルートにした隊がいるのだ。5,400m、セラックの際まで到達。ここから先は高所靴とクランポンがないと進めない。わずかに上に見えている岩壁の様子が気になるが、それほど難しくないだろう。この先も安定したビバーク地がありそうだし、南面全体の傾斜が予想よりゆるく、先行きがずいぶんと明るい見通しになった。懸案のクラックの下降は結局クライムダウンすることにした。甘いジャミングを何度も確認してなんとか下りることができた。

偵察中に上部フェースを遠望


 
アタック
 11月5日、AM6時、BC初。高所靴まで納めてザックは大きくて重い。出来るだけゆっくりとアプローチする。晴天が続くことを期待してテントは持っていかないことにした。念のためシュラフカバーとツェルトを用意。

アタックの朝 (撮影:上田幸雄)

 岩稜の起点でロープを出す。私がまずは空身でリード、そしてフィックスロープを下降、それから2人してユマーリング。ゆっくりだったが順調に偵察最高地点(5,400m)まで上がる。そこにトレッキングシューズをデポ、高所靴とクランポンに履き替え、さらに一段上を目指した。

 5,500mの台地、雪が多いが快適なビバーク地となりそうだ。時刻はPM12:30。ここから奥の灰色の岩壁を登らなければならない。至近で見上げると、思ったよりも厳しい傾斜と規模と見受けられる。日が当たって壁が温かいうちにロープをフィックするべきと考えて早速登りに向かう。

 岩壁の端、セラックとのコンタクトラインは危険にハングしているので論外。弱点はシンハンドクラックの伸びているラインしか見当たらない。どう登るか? 実は考えるほどもなく瞬間的にクライミング方法は思い浮かんでいた。念のためにカムを1セット用意してきて本当に良かった。

 まずは、氷の露出地点にスクリューを打ち、ディレクショナルでスノーバーを縦打ちしてアンカーをつくる。眼前の岩壁との間には幅2mほどの深いクレバスが開いている。黒田さんにクライミングプランを伝える、やはりここしかないだろうという結論になる。さて、うまい具合にクレバスに挟まっている巨石に向かって6mほどロワーダウンしてもらって上に乗り、そこで高所靴を脱いだ。

 傾斜80度の壁に伸びるクラック(5.8+~5.9?)を登るには、フットジャムが不可欠だ。黒田さんに声をかけ、大きく気を吐いて、集中。ウールのソックスで足の痛いシンハンドを15mほどこなすと、フィンガーチップサイズまで閉じてきて右へ移らなければならなくなる。右足をスメアリングして右手のパーミングから左手を寄せようとした瞬間にフォール! ぶ厚いソックスではまったくスメアが効かなかった。ディレクショナルのスノーバーがふっ飛んだそうだがしっかりビレイしてもらって良かった。黒田さんに声をかけて「ごめん!」と謝る。黒田さんには特に問題は起きなかったようなので安心した。

ウールのソックスで登った壁

 指先を吐息で温めてから再トライ、今度は左足をしっかりかき込むようにしてから左手を飛ばすと、がっちりとホールド。カムを固め取りしてから下部のカムをクリーニングしてさらにロープを伸ばすことにする。アンカー用のカムを温存のため、最後の5.8は15mほどもランナウトせざるを得なかった。ヒマラヤのクライミングではどうしていつもランナウトするのだろう。「俺のせいじゃないよな!?」 と独り言ちしてしまった。ほぼいっぱいの55mをフィックスして懸垂下降。氷河上まで戻ったのがPM3:30、まずまずの成果だ。核心部を越えたという感覚があったので明るい気持ちでビバーク地にもどった。

 装備を適当に岩の上に並べ、ジェッドボイルを据えて炊事を始める。なんとか日が陰る前に完了、明るいうちにスリーピングバックに滑り込んだ。無風快晴の夜、オープンビバークには最適だ。月明かりがかなりまぶしいが、特にプレッシャーも感じずになんとなくまどろんでしまった。
 
頂上へ
 夜半から膝が冷えて目が覚めた。黒田さんは相変わらず咳込んでいる。

 AM2:45、ゴロゴロする気にならなかったので「お茶にでもする?」と隣に声をかけた。寒いけれど無風快晴だ。

 AM4:30、ユマーリングの待ち時間があるので時間差でビバーク地を出発する。ジャミングプーリーとプルージックコード、厚めのグローブ+高所靴ではなかなかのアルバイトだ。

 AM6:00頃、昨日のアンカーに到着、夜明けとともに本日のクライミング開始だ。4級+くらいの緩い岩壁を40mほど、セラックに突き当たってからは岩壁とのコンタクトラインを2P。次は思い切ってセラックの上部に上がってみた。これが正解だった。クレバスを迂回すると傾斜の緩い砂時計状が見えてくる。先はそう長くない。頂上には十分に行きつくと感じた。
30~40度の雪壁を延々とコンティニュアスで登る。ちょっとしたロックバンドで2回ほどアンカーをつくってビレイしてもらう。モナカ状の割と潜る雪質がやっかいだ。登れども先がさらに続いてゆく。スピードが思うように上がらなくなってきた。4~5歩進んでは荒い呼吸のためにストップ、なかなか主稜線が近づいてこない。

 標高差で300m程度の雪壁を登るのになんと4時間、とにかく足が疲れて、息が切れる。引いている2本のロープが異常に重く感じる。主稜線直下のセラック群が間近に見えるのに空との接線が遠い。

 傾斜は50度ほどあるだろうか。ダガーポジションであがくのだけれどスッテプもアックスも崩れてゆくのでとにかく厄介だ。下手をすると滑落しかねない。「アンカーをとらないとヤバくないか」と酸素欠乏状態の頭で考える。グサグサを慎重にトラバース、焦りは禁物だが呼吸を整える時間がこんなにも長く感じるとは。スクリューを1本打って素早くクリップ、もう1本足してアンカーをつくり、黒田さんをビレイ。彼も苦しいそうに下を向いて喘ぎながらがんばっている。

 時刻は、PM12時を10分ほど過ぎている。今朝方には、もうすでに登頂しているだろうと踏んでいた時刻だ。遅い。そしてこの疲労感は半端なくないか。ここから先にすすんでいいのだろうか。正直、この時はかなり後ろ向きに考えていたのだった。

セラック直下を喘ぎながら登高

 登ってきた黒田さんが自然にビレイ態勢に入っている。この疲労で、まだ登るべきだろうか……「この先、あとどれくらいと思う?」「あと3Pくらいじゃないですか。そんなに遠くないですよ。」というような短い会話があって、口に出さない疑問を飲み込んでリードに向かった。

 1P目、50mをノープロ、少し硬くなった雪面をダガーとダブルアックス混じりで。2P目、40m、スクリューでランナーが1本取れたものの、嫌になるほどのランナウトだ。傾斜は70度ほど。黒田さんの位置から上部見通しを確認してもらってからアンカーをつくる。3P目、私たちの見立てが正しければこれで主稜線だ。5mほど登ったところでスクリューをセット、この先はどう見ても雪壁でプロテクションがとれそうもない。セラックの直下が最悪の雪質だった。アックスを何度打ち込んでもスカスカで決まらない。息も切れる。「落ち着け!」と何度も自分に言い聞かせるように、それこそ4点支持で登り切った。バンド状に這い上がった瞬間に倒れ込んでしまって顔が雪にまみれる。アドレナリンなど全く出てないし、辛すぎる。見上げると45度、10m弱のルンゼがまだ残っている。その上が主稜線(空)だ。考えず、ただもがいているうちにそこへ飛び出した。頭が機械的にアンカーをどうするか考えている。幅1mくらいの痩せた両雪庇のスノーリッジだ。スノーバーを縦に打ち込んで黒田さんを迎えた。

 中国側(この主稜線はネパールと中国の国境)からの風がとても冷たい。たまらず、ビレイを時々さぼりながらジャケットを着込んだ。落ち着いてから少し辺りを見渡す。セラックが邪魔をしてチェキゴ峰の頂上は見えない。メンルンツェ峰が目の前に大迫力でそびえている。下には氷河湖が沢山ある。反対側に続く稜線のナイフエッジは大変そうだ、と、ぼんやり考えていると黒田さんが上がってきた。まずはがっしりと握手。「頂上は、(行か)ないですよねぇ。」という彼の言葉には全面的に賛成だ。いや、それよりよくここまでたどり着いたという気持ちが大きい。「ここまでだけど充実したよ。俺たち、十分がんばった。」と返事をしたと思う。彼の肩を数回強くたたいて健闘をたたえた。ここまで来れてちょっと嬉しい。

主稜線上にて。黒田誠
主稜線の反対側(中国側) メンルンチェ峰と氷河湖

 死力を尽くせば頂上に達することができるのかもしれないが、そうすればこの主稜線上でビバークしなければならないのは確実だ。そうなれば、生きては還れないだろう。さっさと下降することだ。
 
下降
 主稜線上の滞在は5分ほど。写真を数枚撮ったのち、スノーバーを横に埋めなおして懸垂下降を開始した。先ほどからガスが上がってきて視界が悪くなってきている。正直、怖い。

 ここから先、V字スレットをつくって慎重に下りたいのが本音だ。この雪質なのでクライムダウンは出来るだけやりたくない、というか避けたい。途中からボラードを多用することにして、2度ほどそれで懸垂下降。40度以下の雪面では、セットしたロープをつかんで手すり補助にして、前向きにザクザクと歩いて下りた。これはなかなか良いアイデアだったと思う。真っ暗になる前には、セラック上部まで下りてくることができた。このような引き出しを持っていることは自分を多少は誉めてあげてもいいだろう。

 クレバスを回り込み、続く5mほどの垂直の段差を懸垂下降。岩の上に降り立ち、ロープをゆるめて解除、そして上を見上げた途端、時間差で岩がクレバスへ崩落した。立っていたマンホールのフタがいきなり外れたようなものだ。腰をしたたかに打ち付けしばらく呻いてしまったがそのまま奈落の底に落ちなくて本当によかった。

 かなり自分はかなり疲れていると自覚する。前向きで簡単に下りられる斜面でも危険だ。クライムダウンに自信がもてなくなったので、黒田さんにお願いして次の20mほどはビレイをしてもらった。次は、岩壁帯2Pの懸垂下降だ。こういう作業は、何故かしっかり出来そうな自信がある。

 岩壁の懸垂下降を無事終了して氷河に乗り上がる。昨日のビバーク地はもうすぐそこだ。今日はここまで。もう動きたくない。

 月明りのビバーク地、2人とも立ったまま湯が沸くのを待つ。食欲はそれほどないけれど水分はしっかりとらなければ。疲れ切って言葉はかなり少なめだけど、ここまでちゃんと還ってきた安堵感にすっかり緊張がゆるんだ。

 時間を気にすることなく、飲んで食べてからシュラフに入る。その時、思い出した。疲れて面倒だったので顔を向けなかったけど、「今日はありがとう」と口にしたものだ。この気持ちは日付が変わる前に伝えておかなければならない、とそう思えた。

2日目の朝
 オープンビバーク地にて

 翌朝、日が上がって暖かくなってから起き出す。「少しは眠れたかい?」、「けっこう眠れましたね。」なんていうのんびりした会話をしつつ、あきらめてシュラフからズルズルとはい出る。スローモーションのように体がゆっくりとしか動かない。お湯を沸かしてささやかな朝食をとる。「気をつけて慎重に下ろう」と、互いに言い聞かせるような感じがなんだか可笑しかった。クライムダウンは出来るだけ避けて、ギアを惜しまず積極的に懸垂下降をしていこうということを確認し合う。

 PM1時頃、BCに到着。出迎えてくれた上田さんに「ずいぶん今日はゆっくりだったですねぇ。」と心配されてしまった。BCテントの前にうずくまってしまうくらいに腰が抜けている。ゆっくり立ち上がり、上田さんが用意してくれたビールを受け取ってとにかく乾杯。とても美味しく、すっきりさっぱりした味わいだった。

BC帰着、乾杯!(撮影:上田幸雄)


 
その後
 翌日から鬱に入ったように身も心もぐったりしてしまった。それから3日間ほどは続けて12時間睡眠。朝は、起こされるまで熟睡していた。足の筋肉疲労と肩こりも酷かった。ヒマラヤ遠征登山でこんなに疲れたのは初めてかもしれない。

 今回、自分の限界のようなものを感じることができたように思っている。それは悪いことではないかもしれない。よりよく生きることとアルパインクライミングを楽しむことは私にとっては同じ意味をもつのだから。

今回のクライミングルート 
左上の頂上までおよそ水平距離300m、標高差100m


<遠征メンバー>
馬目弘仁・上田幸雄・黒田誠
期間:2022年10月13日~11月15日  

<チェキゴ峰南フェース・アタックメンバー>
馬目弘仁・黒田誠
期間:2022年11月5日~7日


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