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矜持


ふと祖父の部屋へ行ったら、数年前に亡くなったはずの祖父が居た。


晩年ではなく元気だったころのように、法衣から私服へ着替えているところだった。

その姿を見て、私は思わず泣きだした。

泣きながら、この数年間の苦しかったこと、哀しかったこと、悔しかったことを吐き出した。

祖父と同じ世界に入り、出遇った色々なこと。

尊敬、後悔、嫌悪、恐怖、軽蔑、怒り…

誰にも言えなかった、誰に言っても通じなかった想いを吐き出した。

祖父は、何も言わずに聞いていた。

叱るでも慰めるでもない、黙って聞いていた。

黙って聞いて、最後に一言だけ。

『ありがとうなぁ』

と、言ってくれた。


そこで、眼が覚めた。夢だった。


私は20才で僧侶として生きることを決めた。

祖父は、私が僧侶になることを決めてその道を歩み始めたその年に亡くなった。


それから、苦しいことがあるたびに「祖父が居てくれたら…」と思った。


思い描いていた理想と現実のギャップを目の当たりにしたとき

祖父が大切に守ってきたものを踏みにじられたとき

それを守る力が自分には無いのだと思い知ったとき


堪えるしか出来なかった。

泣いて、歯を食いしばって、いつか守れるだけの力を得るのだと、そう信じて「諦めない」ことだけを頑張ってきた。


そんな心が、祖父の『ありがとうなぁ』で解き放たれた気がした。


私が辛かったのは、目の当たりにした現実でも、投げつけられた暴言でもなかった。

ただ、守りたいモノの大切さを分かち合える人が居ない。

それが苦しくて、辛かったんだ。


「なんでそんなことに必死になるの」

「いちいち怒るな」

「もっと大人になれ」


その場で味方をしてくれとは言わない

怒りに呑まれたことは叱ってくれて良い


でも、大切なものを守ろうとした想いだけは否定されたくなかった。


人の心は脆い


「怒ってくれてありがとう」

そんな、他者の心による補強が必要なのだと知った。



そして、今まで私がモノ思わずに居られたのは祖父が守ってくれていたからだったんだ。

私の分まで、怒って、傷ついて、悲しんでくれていた。


何事にも動じず、いつも堂々と見えていた祖父も、きっと一人で戦っていたんだろう。

色んな想いを背負ったうえで、それでも立っていたから祖父は格好良かったんだろう。

その背中は、大きかったんだろう。


夢に出てきた祖父は、心配して来てくれたのか私の願望なのかは分からない。

けど、それでも、埋もれかけていた大切な何かを取り戻せた気がする。


まだまだ弱い私だけれど。

まだまだ小さな私だけれど。


誰かを守るために自分を使える人で在りたい。





ありがとう、だいすき。