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小説 「ウホざんまい」(1/5)

 通称、ゴリアン星人と呼ばれる、見た目も行動もゴリラそのものである異星人が地球に飛来したのは、ごく最近のことである。

 彼らはどう見てもほぼゴリラなので、着陸したUFOから降りてきたとき、世間は多少、ざわついた。大抵の人は、宇宙人や異星人というと、いわゆるグレイ型と呼ばれる鼠色でつるつるした表面のタコ型宇宙人をイメージする。しかし実際は、ウホウホと言いながら高らかに胸をドラミングするゴリラ型であった。

 さておき、最初に直面した問題は、ゴリアン星人とのコミュニケーション方法だった。
 ゴリアン星人は、UFOという超科学的な乗り物でやってきたが、やはりゴリラなのか、みなが想像するような、いわゆる翻訳機を持っていなかった。当然ながら、地球側にも、そのような優れものはない。
 互いが互いに、意志疎通するための術を持ち合わせていなかったのである。

 ゴリアン星人は、ウホウホという言葉とその巨駆によるボディランゲージでなにかを伝えようとしてくれるが、人類には、なにがなんだかさっぱり不明だった。ならばと、こちらは英語をはじめとする世界の言語や身体を使って意思を精一杯伝えるが、それもまた、無意味だった。ゴリアン星人は理解できない様子で気性を荒らげ、空に向かって咆哮したり大地をドラミングしたり、巨木をその怪力パンチでへし折ったりと、最初の異星人同士の交流はひたすらに難航をきわめた。

 あまりにも異星間交流が発展しないからか、ゴリアン星人たちは、ひとりのゴリアン星人を地球に残して、この星から飛び去ってしまった。

 大学の研究室で言語解析に勤しんでいたラリー博士は、ある日、ゴリアン星人の言語構造に関する気づきを得た。
 彼は世界でも名の知れた言語学者で、自らの研究の傍ら、独自にゴリアン星人の使う言語パターンを、記録映像から分析していた。そしてその末、彼らの言語にある法則性を見出したのだった。

「そうか、ついにわかったぞ!」
 博士は興奮のあまりデスクの上に乗り、大学の廊下に響き渡るほど大きな声で叫んだ。
 同じ研究室の傍らで論文整理をしていた助手が、手を止めて眼鏡をくいとやった。
「なにがわかったというのです、博士」
「ゴリアン星人とのコミュニケーション方法だ。彼らは、ウとホを使った二進法のような言語と文法で会話しているのだ」
「なにを言ってるんですか、博士。そんなバカみたいなことがあるわけが」

「あるんだとも! コンピュータの言語が0と1の二進法であるように、ゴリアン星人の言語は、ウとホなのだ。ゴリアン星人はボディランゲージを組み合わせたり、発音のアクセントや間の長さで意味を調節しているようだが、簡単な意思疎通はできるはずだ」

「なるほど、にわかには信じられませんが。博士がおっしゃるなら、そうなのでしょう。なにせIQが人並み外れています」

「確かに常人では、この発見に至るのは難しいだろう。この先も、私以外に彼らの言語を解明できる者は現れまい」

「やっぱり、博士は天才です」
「ふふ、存分にこの私を持ち上げてくれたまえ」
「それで、二進法以外の複雑な言語構造については、これからどのように対応を?」
「よくぞ聞いてくれた。こればかりは実際に会話をして、検証を繰り返していく以外に方法がない。というわけで、私がゴリアン星人と直接対話して、データを集めようと思う」

 博士が研究データを世界政府の関係者に伝えると、返答はすぐに返ってきた。
 世界政府としては、異星人との会話に発展の糸口が見えていないことから、対話の場を歓迎する、とのことだった。ただし、現在この地球に駐留しているゴリアン星人は、地球との交渉に向けた使者である可能性が高いことから、慎重を期して、あくまで最初は雑談レベルのコミュニケーションにとどめることが条件となった。

 後日、ラリー博士は助手を伴い、世界政府高官の立ち合いのもと、ゴリアン星人がいるという、都市郊外にある牧場へと向かった。
 ゴリアン星人は広大な牧場の中でも、丘の上にある一本松がお気に入りらしく、その木陰で体育座りになって青空を見上げていた。ゴリラにしか見えない彼の身体を初めて直接目の当たりにした博士は一瞬だけ眼を丸くしたが、すぐに真面目な面持ちになった。

 助手と政府高官が遠くで見守る中、博士はひとり、牧場を歩み出した。
 風が吹き、博士の長い白髪が舞った。新緑が生い茂る牧場に、静けさが訪れる。まるで博士とゴリアン星人以外に誰も存在しないかのような、緩やかな時が流れた。博士が前へ進む。一本松が、さらさらとその葉擦れを小さく奏でる。ゴリアン星人が、博士の姿を捉えた。一瞬の静寂。それを切り裂くように、さらに博士が近づいていく。ゴリアン星人が、二本脚でその場に立った。ゴリラの巨躯を間近に見て、博士が再び眼を丸くする。対面したまま、ゆっくりと距離を縮めていく。そして三歩ほど離れたところで立ち止まると、博士がまず、口を開いた。

「ウウホーン! ウ~ホホホホォ~ン‼」


>>続く


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