小説(SS) 「挨拶代わりの一発」@毎週ショートショートnote #イライラする挨拶代わり
お題// イライラする挨拶代わり
一発ギャグをやることになってしまいました。
夏の終わり、ようやく新人研修を終えた私たちを待っていたのは社員旅行でありました。温泉旅館の大宴会場を貸し切り、私はるんるんとお酒を飲み、ほかの社員がどんな宴会芸をするのかと、他人事のように楽しみにしておりました。
しかしながら、そのトップバッターを務めるはずだった新入社員が、直前になってお腹を壊して出られなくなったというのです。最初は私もその波乱を楽しんでいたのですが、どうやら次の演者の準備はまだ整っていないらしく、浮いた時間をつなげなければならない状況になってしまいました。そこで、新入社員たちがざわざわとし始め、大学時代にお笑いサークルに入っていた私を突然担ぎ上げ始めたのです。
いわく、挨拶代わりに一発芸をやってくれ、と。
なんという地獄の社風でしょうか。大勢の社員たちは周囲を止めるどころか称賛の拍手を私に送っているではありませんか。
羽交い締めにされた私は、やむなく宴会の舞台に降ろされました。そして、マイクだけ私に渡すと、同期たちはそそくさと去っていきました。
私は一発芸をやった経験がありません。漫才の方であればまだ少しは、という感じです。しかし相方はいませんし、ひとり漫談をするにしても、宴会のトップバッターでやるには、いささか場の雰囲気が合っていません。大スベリの予感がするのです。
気付けば、舞台上にひとり立ち上がった私をみなさんが注目しているではありませんか。盛大な拍手があがり、指笛が響いています。
しかし、ネタはまったく浮かんでいません。
なぜ私だけがこんな目に遭うのか、腹痛で逃げた新入社員の腹にパンチを入れてやりたいです。言い訳によっては、蹴りも数発急所にぶち込んでやりたいです。あとは下剤を盛り込んで、悶え苦しませるのもいいでしょう。
ですが、そんなことを考えている余裕があったらネタをひねり出さねばなりません。場は、そう長く待ってくれそうにないのです。早くやれという野次がたくさん飛んできています。もう、なんか適当に日常の中から掘り出すしかありません。それ以外となると、天気とか会社のこととか、つまらないネタになってしまいそうな気がします。まだ、浮かんでません。私はまだなにも浮かんでません。蒸し暑い日々を振り返っていますが、面白いことに遭遇することはありませんでした。満員電車に重いかばん、脇汗にじむ信号待ち、蒸れる革靴、ゲリラ雨……。
夏の終わりにふさわしいネタを思いつきました。
「え〜、一発芸をやります。夏の終わりを感じて、独り言の語尾が、ついセミになってしまう、人」
空気が静かになりました。
「あ〜なんだか疲れた……ショーーーーッ。
お酒を飲む気にもなれな…ショーーーーッ。
ショショッ、ショショッ、ショーーッ……」
後半でショショショ言っている間、私は舞台上で寝転び、手足をばたばたしてみせました。
ふと、社員がいる方を見てみました。しかし、誰ひとりとして笑っている人はいませんでした。少しくらい微笑んでくれてもいいはずなのに、ほとんどの人が言葉を失っているようでした。
そして、そのままの体勢ではっと気づきました。この会社は、最近になって上場企業の仲間入りをして、勢いに乗っているときなのです。夏の終わりという題材もよろしくなければ、一発芸の最後の方で元気がなくなってセミが死にかけているように見えてしまうのは、かなりよろしくないのです。それに大の大人が、舞台上でひとり変な体勢でつまらない芸を披露しています。
私は恥ずかしくなりました。どうすることもできず、膝を抱えて寝転んだまま天井を眺め、凍りついていました。これほど、夏の終わりを感じたことはありませんでした。冬の訪れを感じました。
やがて、まばらな拍手が聞こえてきました。しかし、まばらなまま小さくなっていきました。
司会のフォローが、いつになっても全然入らないなと思って横目で見てみると、マイクトラブル中のようでした。
耐えかねたベテラン社員が近づこうとしているのが見えました。しかし、私はさらなる時間をつなぐため、立ち上がりました。そして、最後の力を振り絞り、頭を漫談モードに切り替えました。
「……というのは、挨拶代わりでして〜」
私は、渾身の鉄板エピソードトークを始めると、まもなくして宴会場全体に爆笑の渦が巻き起こりました。まだ、夏は続きそうです。
〈了〉1,602字
*
台風が去って、涼しくなった気がします。
そんな、夏の終わりを形にしてみようと、変な話を書いてみました。
最近は、文字数が長くなってきていますね。
ギャグをやってみたいだけだったのですが、
それがまかり通るシチュエーションを作ろうと
したら、こんな感じになりました。
実は今回で、たはらかにさんの企画する、
毎週ショートショート投稿の50本目になります!
こんな話でいいのでしょうか!!!!!
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