小説(SS) 「天ぷらの先へ」@毎週ショートショートnote #天ぷら不眠

お題// 天ぷら不眠
 

 天ぷらに取り憑かれたかれらの一日は、天ぷらに始まり天ぷらに終わる。かれらは天ぷらの揚げ方の研究に没頭し、業界の最前線に立って美味しさへのアプローチを常に更新し続ける。ゆえに風呂に入ることもかなわず己の睡眠欲をも忘れ、気づけばみなが天ぷら不眠民となっている。
 調理場でもくもくとエビを油に投げ込んでいる、天ぷら研究の第一人者の加浦揚男は、そんな狂気に憑かれた研究現場に異を唱えるべく立ち上がった。かれの眼下には、機械のように決められたルーチンで天ぷらを揚げては温度や過去データとにらめっこする天ぷら研究者たちが軍隊のように規則正しく並んでいる。
 かれは思った。「おれは唐揚げが食いたい」と。
 かれは叫んでいた。「唐揚げが食いたい!!」
――言ってはならないことだった。
 天ぷらと日夜向かい合う天ぷら不眠民は、天ぷらとの時間を過ごし過ぎたがために、唐揚げのことを考えてしまうのが無意識レベルの共通認識だったのである。
 ゆえに、かれの一言をきっかけに心の声が弾けた天ぷら不眠民たちは暴動を起こした。怒りに震えたかれらの顔は一様に油がてらてらと光り輝き、そのまま油に飛び込めば人間天ぷらができあがってしまうのではとかれに思わせるほどであった。
 かくして天ぷら研究は終わりを告げ、唐揚げ研究の時代が始まった。かれらは唐揚げ不眠民となり、鶏もも肉を亡霊のようにいまも毎日、油の中に投げ込んでいるという。

〈了〉596字



電車の中で天ぷらのことを考えていました。
やはり天ぷらは、揚げたてが一番美味しいと思います。

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