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小説(SS) 「音声燻製キャンプ飯」@毎週ショートショートnote #音声燻製

お題 // 音声燻製

 その週末、都会を離れてひとりキャンプへ訪れた香菜は、慣れた手つきでテント設営を終えると、椅子にもたれかけて新鮮な空気を吸っていました。

 するとどうしたことでしょう、いい匂いがしてきました。その香りは、隣のキャンプから漂ってきた燻煙のようでした。
 あまりにそそるものだったので、香菜はストレッチをする素振りを見せながら、ちらちらと煙の方を覗き始めました。

 隣のキャンプにいたのは、ひとりのおじいさんでした。椅子に腰かけながら、ドラム缶型の小さな燻製器を優しいまなざしで見つめています。
 身体の大きなおじいさんは、ほとんど動く様子がなく、その長い白髪も相まって、まるでアウトドア用の服を着たサンタクロースのようでした。

「気になるのかい、お嬢さん?」

 もはやあからさまに見ていた香菜に向かって、おじいさんが言いました。

「よかったら、お嬢さんもおひとつ、いかがかな? この老人はいつも孤独なもので、話相手がいてくれたら、嬉しいんじゃがの」

 その優しさに甘えて、香菜はおじいさんの近くまで椅子を持っていきました。
 おじいさんが作っていたのは、ハムとチーズの燻製でした。

「あと少しでできあがりじゃ。でも、その前にふぉっふぉっふぉ。ふぉっ。さらに美味しくするための、ひと工夫があるんじゃよ」

 おじいさんはそう言うと、大きく息を吸い、燻製器に向けて口を開きました。

 ぐぼぉうぇぇぇぇぇっっ!! ぐごぼぉぉぉぅ、ゔぉぉいゔぉい!!!! ゔるぅぅゔぉぉぉい、ゔぼぉぉいぼゔぉゔぉゔるるゔゔゔ!!!

 香菜は、頭が真っ白になりました。

 おじいさんが発声したのは、獣の唸り声よりも音の低い、凶悪なデスボイスだったのです。

「こうするとな、肉を組成する細胞という細胞がことごとく悲鳴をあげて、旨味が増すんじゃよ。わかるかな? いや、わからんかのう。ふぉっふぉ」

 おじいさんの目は、その膨大な呼気量による反動で、カフェインを過剰摂取したかのように、目が見開いていました。

「どれ、もっかいやるかの……」

 ゔゔゔゔぼぉうぅぅぅぅぅぅぅっ!! ゔぼぉぅ、ゔぉぉいゔぉい!!! ゔぼぉゔぃゔぃゔぃ、ゔぼぉゔぃゔぃゔぃ、ゔぼぉいいぃぃぃ、ゔぃぃ!

 おじいさんは額の汗を拭うと、香菜の方を向き直り、出会ったときのような穏やかな表情を取り戻しました。

「これはわしが編み出した、音声燻製という調理法じゃ。ただのシャウト系のデスボイスではいけないぞ。下水道に流れる水のように、ごぽごぽとしたガテラルボイスでやるのが秘訣じゃ。そう、わしのだ~い好きなブルータルデスメタルでやる歌唱法のようにな」

 先ほどから背筋が凍り続けていた香菜は、おじいさんの言っていることがなにひとつ理解できませんでした。

「ほれ、おひとつどうぞ」

 香菜は無心のまま燻製ハムを受け取ると、お礼を言って椅子を片づけ、そうっとおじいさんと距離を取り、もらった燻製を野に捨てました。


〈了〉 1,196字




 過去一、シュールな話になってしまいました笑
 書きながら、チェンソーマンのコベニちゃんがハンバーガー店にいる姿がなぜか頭に浮かびました。

 ふぉっふぉっふぉ。
 ではではまた来週~。

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