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バセドウ病闘病記③ アイソトープ治療

https://note.com/mannennrou55/n/n06d90ba53b37?sub_rt=share_b

 15年以上もバセドウ病治療を続け、再燃を繰り返しているうちに、私の甲状腺は大きくなっていった。ネックレスがつけられない。ブラウスの第1ボタンが留められない。保冷剤で甲状腺を冷やすと気持ちが良かったので冷やしていたら、ますます大きくなってきたようだ。頸部が下から顔を押し上げるので、顎が二重になるのも不愉快だし、鏡を見ると頸部がまるい。外見が奇異になってくるのは困るな…なんとかならないかな、とは思っていた。手術かアイソトープ治療がいいのかもしれない。しかし、身体が慣れた抗甲状腺薬をやめたくない理由があった。手術も、アイソトープ治療も、それによって体調が大きく変わるかもしれない。


 当時私は、社会保険労務士試験合格をめざしていた。モラハラで大きく体調を崩し、思考力・記憶力・判断力が減退して自分とは思えなかった頃に通信教育で勉強を始め、初回試験は全科目の学習ができていない状態で受けて不合格。その後、学習を続け、あと一息というところで、科目別の足切り点に足りなかったり、総合点にわずかに足りなかったりしていた。そんなときに大きく体調が変わるかもしれない新しい治療に切り替えるのは危険だと感じていた。合格するまでは抗甲状腺薬。そう決めていた。

 通算5回目の受験で、合格通知を手にした。実務経験がないので、事務指定講習を通信で受け、通信が終わったら、5日間にわたる面接講習(講義形式)を受ける。面接講習の会場は、全国で数ヶ所(大都市。5〜6ヶ所だったと記憶している)しか設けられないため、地方に住む私は新幹線で行き、宿泊しての受講となる。通信・面接の講習を修了したら、社会保険労務士として登録できる。

 通信による講習を受けていた頃、ある日の診察で、主治医から、久しぶりにアイソトープ治療を勧められた。私の甲状腺は、推定100g超になっていた(通常は20g程度)。
「心配なのは、食道や気道を甲状腺が圧迫することだ。CTを撮ってみて、既に気道が圧迫されてゆがみが出ていれば手術になる。ゆがみまでには至っていなければアイソトープができる。アイソトープで、あなたの場合は病気の勢いが強すぎるから低下症にはならないが、ひと回りでも甲状腺を小さくできれば、時間稼ぎができる。抗甲状腺薬の量も減らせる」
主治医に初めて会ってから、7年間経ち、ある程度信頼するようになってきていた時期だった。

 大阪の会場に、大量の保冷剤を持ち込んで冷やしながら受講するのは非現実的だ。アイソトープ治療直後(退院後2週間)は、子どもや妊婦に近づいてはいけない。面接講習には、子どもはいないけれども妊婦はいるかも知れない。面接講習の日程から逆算して、余裕をみて入院予定を組んでもらった。

 ヨード131。原発事故で放出される、半減期8日の放射性同位元素。甲状腺はヨードを取り込むので、治療の3週間前から徹底したヨード制限食になった。治療のときに、甲状腺にヨードが足りていると、放射性ヨードを取り込まないから効果が得られないという。海藻ダメ、魚ダメ、海のものは基本ダメ。ヨードのうがい薬ダメ。材料に、海藻出汁を使っているレトルト等、食べてはいけないメーカー品が指定される。基本的に和食をできるだけ避ける。さまざまな食品に、ヨードは含まれているから、食事量はなるべく少なくして相対的にヨード摂取量を少しでも少ない状態にしておく。

 入院して、ヨードを飲む日から数日(たしか丸4日間)は放射線管理区域で過ごす。中に持ち込んだものは放射線で汚染されるから持ち出せない。従って貴重品は持ち込めない。衣類は、捨てる寸前のものを着て入る。途中シャワーが1回あるから、捨てていい着替えを1セット。室内には冷凍庫がある。使い捨ての食器で供される食事を食べたら、空き容器を保管する為の冷凍庫。
 管理区域に持ち込んだものは、6ヶ月は線量が減るのを待って管理され、6ヶ月後に低レベル放射線廃棄物として法律に則った方法で処分される。
 管理区域内の病室には、テレビも電話も揃っている。本は1冊だけ持ち込んでいい(退室時にはこれも持ち出せない。私は、坂口安吾の『堕落論』の文庫本にした)。お茶やコーヒーは、事前に指定された銘柄のものを売店で買って持ち込む。
 ヨードは、ピンクの錠剤4錠だった。紙コップに入れられたヨードを、手では触れずに、紙コップから口に入れ、水で飲み下す。

 決められた日数を管理区域で生活し(空腹だった。抗甲状腺薬は少し前からストップしていて、バセドウ病が再燃した状態で、食事から体内に入るヨードを少しでも減らそうと、病院食は1日1000kcalに抑えられている。牛乳が飲めないと言ったらメニューから外してくれたが代わりのものはつかなかったから1日900kcalか。抗甲状腺薬はストップするから、身体はチロキシン過剰になり、代謝が活発化する)、最後に、身体のあちこちの放射線量を計器て測って基準値以下であるのを確認して一般病棟に戻った。その頃、抗甲状腺薬を絶ったせいで手は小刻みに震え、脈は早くなり、バセドウ病の症状がでてきている状態だった。ヨードの効果(甲状腺組織破壊)はこれから出るとのこと。

 更に数日入院して、日常生活の注意や服薬指示を受け、退院したあとはとにかく大阪行きの体力を取り戻すべく寝込んだ。面接講習を予定通り無事に受け終わり、社会保険労務士として登録することができた。なんとか体力が戻ったのは、入院から6ヶ月経過した頃。そしてその6ヶ月間、無性に海藻類や魚介類が食べたくてたまらなかった。普段なら食べないサザエのつぼ焼きなんかも、世の中にこんな美味しいものがあったのかとうっとりした。

 アイソトープ治療から、そろそろ9年経つ。
 医師の言葉通り、甲状腺機能低下症にはなっていない。今のところ。ネックレスは、できるようになった。抗甲状腺薬は、相変わらず服用している。
 治療を境に、貧血は治った。因果関係はわからないが、血液検査をすると、アイソトープ治療以来8年経ったいまでもアルブミンが低値を示すようになった。

 追記:アイソトープ治療のことを記事に書いたことがきっかけか、無性に昆布が食べたくなり、さっきドラッグストアに行っておしゃぶり昆布やとろろ昆布を買い込んできた。
 ヨード制限は、治療の効果を得るために必須だから仕方がなかったけれどもたいへんだった。
 


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