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日本人て何なのか〜かつての叡智は忘却の彼方へ〜

水戸で穴掘りしていた翌日は、帯広にいました。

寒い。

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ここは新千歳からの高速道路で必ず立ち寄るパーキングからの眺めですが、北海道はいつきてもなんか外国です。

本州とは、風景が違う。

沖縄もだけど、北海道も「いちおう日本国のふりをしているだけの別の国」感がすごいです。

さてそんな北海道キングダムに来るのは今年2回目で、夏に来た時と違って、白樺と紅葉がとても美しかったです。

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帯広は、昔々わたしの高祖父が生きていた土地でした。

明治の頃に入植して、運送業を展開して相当裕福だったらしいです。

そんな高祖父の時代と同じころに創業したという古いホテルに来ました。

ここはモール温泉というとても希少なお湯が出る場所です。

だいたい温泉というのは鉱脈の地層を通って湧き出るものですが、帯広のモール温泉は植物の層を通って湧き出る温泉です。

太古の昔、地中に深くに堆積した植物は、やがて炭になります。

その黒炭へと変化する過程で、フミン酸やフルボ酸という有機物が地下水に溶けだしたものがモール温泉です。

奇しくも今日は炭のことで宮嶋さんのところに来たわけなので、これも良い偶然と思い、二回もお風呂に入ってきました。

モール温泉、とっても気持ちよかったです、植物の振動を記憶しているからか、やわらかいお湯でした。

120年の歴史を誇るホテルは、レンガ造りの外観が美しく、また外壁のレンガ積みを工夫して、アイヌ伝統の模様をデザインにしていました。

ホテルには教会がありました。

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聖書があったので読んでみると、なかなか含蓄のあることが書かれていて、やはり宗教の根幹はとても素朴な「人としての生き方」「日々の生活の知恵」だと感じました。

ページの上を見ると、イザヤ書、というタイトルでしたが、新約も旧約もわからない自分的にはへ~・・・と思って終わりでした。

さて、新得にやってきました。

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共働学舎は相変わらず北欧の妖精の村みたいな雰囲気です。

さっそく炭埋の報告をしつつ、炭の話しから宮嶋さんとひろみさんが、なぜかユダヤ教と久高島、縄文、アイヌ、とどんどん盛り上がっていくのを、わたしは横でじっと聞いていました。

相変わらず二人ともすごい知識量だな・・・と感心半分呆れ半分で思いながら、ふと、なんでこの二人はいま日本人の原点の話しばかりしてるのだろう、と思いました。

二人の謎の盛り上がりは2時間以上も続きましたが、それをそばで聞かされている自分は、ただボケっとしてるんじゃなくて、何か自分にとっていま気づくべきことがあるんじゃないか、と考えてみました。

今日は炭の打ち合わせだったのですがそもそも「炭を埋める」とは何なのか。

土壌改良をして収穫量を上げる、たしかに目的としてはそうですが、博士の言葉「何事も原点が大事」を考えたとき、やはり目を向けるべきは炭(手段)ではなく、土地(原因)です。

たとえば土地を買ったとします。

たいていは、家を建てるため、店をやるため、学校を作るため、公園にするため、工場にするため・・・などなど、様々な目的があります。

しかしそれは人間の結果思考から先に生まれた目的意識であるため、土地の原因はほとんど見逃されてきます。

原因から見る意識が法則だから、本来ならば、土地から考えていくべきです。

その土地を中央にして東西南北に何があるか、太陽光は一日のあいだにどこからどれだけ入るのか、川はあるか、山はあるか、海はあるか、あるいは谷にはさまれているのか、高地なのか低地なのか、という土地のかたちそのものを見る。

さらに、その土地がどんな土でできているかを見る。

たとえば火山灰地なのか、粘土質なのか、phはどれくらいか・・・

さらにさらに、ではその土地が乗る地層そのものは、どうなっているのか。

何万年前にどのような状況で形成されたのか。

そこまで調べて初めて、その土地が持つ本当の顔がわかってきます。

ではその土地で我々人間がすべきもっともよいことはなんだろう?

この個性あふれる土地と相性のよい使い方はなんだろう?

そこで初めて目的を決める。

家にするのか畑にするのか、商業施設にするのか、学校にするのか公園にするのか・・・

農地にするなら、さらに、ではどんな作物にするのか。

つまり、土地の使い方の順番とは、その土地の個性を知ることがまず先なのです。

こんな当たり前のこと・・・

でも実際自分は、そんなことはほぼ考えてきませんでした。

いつも巨大な積み木がめちゃくちゃに置かれているような東京で育ったから、地形自体を意識することもなかったです。

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東京はビルしかありません、隙間を見つければ先を争うように、どんなにアンバランスでも高い建物を建てている様は、まるで建物に取り憑かれているかのようのです。

実際不動産業界は、そうやっておかしな建物を建てまくっては、高額に売ることしか考えてないわけで、やはり取り憑かれているのだ思います。

それくらいに人間社会は、財と欲望の土の呪いに縛られている。

三菱地所のCMが、わたしは昔から大キライなのですが、三菱地所を見に行こうとかのんきに歌ってますが「オレの土地見に来いよ」「世界中の一等地を買い占めてるからな」という内容なわけで、気が狂ってる以外の感想が持てません。

財閥と言われる人々は、自然のめぐみであるみんなの土地を何百年も占有して、

「使いたいなら金払いな」

と、偉そうにしてるだけです。

なんて傲慢なのだろうと思います。

それでもまだ数世紀前の人間のほうが、城の建て方や治水事業を見ても多少は地形と自然を観察し、土地の使い方を心得ていたと思いますが、欲望と技術だけが肥大した現代では、倫理も何もなく巨大建造物を建てまくっています。

日当たりもまわりの人の生活も、一切考えない。

よく一流建設会社にはお抱え風水師がいるらしいと噂を聞きますが、風水ってそもそもなんなんですかね。

それこそ土地の東西南北と太陽と地球の角度から使い方をはじきだすのが真の風水だと思いますが、もしお抱え風水師がいたとして、自社を守る金儲けのみに照準を絞った悪魔みたいな呪術師になってんじゃないかとすら思います。尊敬できない。

こんなふうに、現代の人間は先祖の才能である土地の正確な使い方も忘れ去ってしまったわけです。

自然と調和するという最低限の礼儀も放棄してしまった。

炭の活用方法とか以前の問題だよな、そう思いました。

やはり何事も、原因を知らなくてはならない。だから土地のことから考える必要があるのだ、と思いました。

宮嶋さんとひろみさんの話しを聞きながら自分が考えたのは、そういうことでした。

わたしがそう思考の結論を出してもまだ、二人はずっと、イスラエルの民の話しや、世界各地に残る共通した文化の痕跡や、大陸支配と縄文の話しをしていました。

まだ終わらないのか・・・

と思った瞬間、ああ、なるほどね、とやっとわかりました。

二人とも人間の話しをしている。

つまり人間の原点を知りなさいってことです。

これは別に二人に言われたからじゃないです、二人は二人で自由にしゃべってるだけで、それを観察していたわたしが勝手に個人的に思っただけです。

でも時間を無駄にしないとはそういうことだと自分は考えます、二人の話しは自分に関係ないと思ってボンヤリするのか、それともどんなことも目の前のことは何か意味があると思って、自分の成長につなげる工夫をするのか。

それは自分で選択しなくてはならない。

いまこの時間で自分が考えるべきことは何か、ということです。

それが「いまの日本と日本人の、そもそもの原因とは何なのか」を知りたいという気持ちでした。

それをきちんと勉強しよう、と思いました。

#日記 #エッセイ #炭埋 #農業 #共働学舎  

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