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【掌編】すずめ

鴉がゴミを撒き散らす。生ごみを啄み、腹を満たすためだ。
鴉が満足して悠々と立ち去ったあとには、必ず一羽のすずめがやってくる。なぜそこにご馳走が散らばっているのか知りもしないで、無邪気に鴉のおこぼれに預かる。
それを鴉は物陰から見ているんだ。
自分の腹を満たすため、と素知らぬ顔をしながら、実のところはその哀れな可愛いすずめのために、鴉は毎日ゴミを撒き散らしている。
ところがある時その鴉が、人間に毒餌で殺されてしまうんだ。毎日ゴミを通りに散らかした報いを受けた。
そうしてゴミが散らかることはなくなり、めでたくクリーンな街の通りが戻ってきた。
鴉の庇護を受け、餌を自分で獲ることを知らない哀れな可愛いすずめは、生きのびる術を知らずに飢えて死んだ。
……あんたのやってるのはそういうことさ。



男の友人は、石畳みの階段で彼の隣に並んで座り、煙草の煙を吐きながらそう言った。
隣で同じく煙草を喫みながら、男は苦笑いを浮かべた。うちのすずめはそんなにヤワじゃない、と男は返す。むしろ、自分のためにゴミを撒き散らすよう、仕向けているのはすずめの方さ。
友は一瞬、妙な顔をして男の顔を見て、それから一言、そうかと呟き、あとはただ男と並んで白い煙を吐き出していた。


帰りがけ、友人は飲まれるなよ、と言った。
……あんたは女に弱い。
あれは女ではないぞ、と言うと神妙な顔をして、女だよ、と切り返す。肉体の機能の話じゃない、分かるだろ。
友は答えを聞かずに背を向けて、じゃあな、と手を振った。




男は煙の代わりに今度は白い息を吐いて、石畳みを歩いていく。昼だというのに辺りは薄暗く、街灯の明かりが欲しいくらいだ。空には幾重にも灰色の雲が溜まっている。


「ただいま」
男は扉を開けて、中に声を掛けた。
「おかえり」
室内にいた少年は愛想のない声音でむっつりとした表情を変えもせず、男を出迎えた。


せめて、これにもすずめくらいの愛嬌があればな。
男はため息とともに苦笑してコートを脱いだ。


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[Profile]


マナ

パフォーマンスユニット"arma"(アルマ)主宰。朗読とダンスが融合した自主企画公演を上演している。ミュージカルグループMono-Musica副代表。キャストとして出演を重ねている他、振付も手掛ける。
ここには掌編小説の習作を置く。
お気に召さずばただ夢を見たと思ってお許しを。


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