見出し画像

違約金の支払い方法

「部長、会社を辞めさせて頂きます。」

「……藪から棒に何を言っているんだ?」

「だから、会社を辞めると言っているんです。」

「何があったか知らんが、そんな急にはやめられないぞ!まずは話を聞こうじゃないか。」

「いえ、それにはおよびません。明日から有給休暇を消化します。で、1か月後にやめれば問題ないでしょう?」

「そう勝手を言っちゃあいけないよ。引継ぎだってあるじゃないか」

「引き継ぐ仕事はありません。だって、私に仕事がないのは部長もご存じだったでしょう?!」

「……」

「大丈夫です。やめても訴えたりしませんから。」

「……わかった。」

「では、そういうことで。あ、そうそう。退職までの間におかしなことが起こったら訴えますからね。ちゃんと有給取得して依願退職ということで処理してくださいね。」

そう言って会社を出た。
私の気分は晴れ晴れしていた。
駅までの道すがらの横丁で一杯ひっかけ、気分良く路地を歩いていると不思議な看板に目がとまった。

―――――――――――――――
あなたの自由買い取ります。
TEL:○〇〇-〇○○〇-○〇〇〇
―――――――――――――――

私は冷やかしでその番号に電話をかけてみた。

「看板を見たんだけど」

「ハイ、どのような自由をお売りになりたいのですか?」
年増と思われる女性がよそ行きの声で応対した。

「今日、仕事をやめてきて自由になったんだが、いくらで買い取ってくれる?」

「年収はおいくらでしたか?」

「まあ、600万くらいかな」
実際はもっと安かったが水増しして答えた。

「600万円ですね?定年までの年数は?」

「10年かな」

「10年ですね。そうしますと6000万円ですね。」

思いがけない大金の提示に、私は愉快になった。
手の込んだいたずらだ。

「そうですか、では私の自由を売りたいのですが。」

「ありがとうございます。それでは6000万円を振込みますので口座番号を教えて下さい。」

新手の詐欺だろうかとも思ったが、愉快だったので話に乗ってみることにした。

「○〇銀行△△支店。店番号XXX。口座番号1234567」
本当の口座を教えた。ここまではまだ害はないだろう。

「それでは明日までに振り込みます。」

あっけにとられていると、女は言葉を続けた。
「ただし、買い取らせて頂いた自由が消滅した場合、買い取り額の2倍の違約金を頂きます。」

いたずらなのだから適当に返事をしておけばいい。
「わかりました。」

「ご売却ありがとうございました。」
女はそう言うと電話を切った。

退職記念の余興としてはまずまずだろう。

次の日、休みの暇を持て余していると、6000万円のことがどうにも気になってきた。
どうせ暇なんだと散歩がてらATMに寄った。

残高は6000万円を超えていた。

「そんなことが……」

なにかの犯罪に巻き込まれているのだろうか?
急に怖くなってきた。

そこに女から電話がかかってきた。

「ご指定の口座に振り込みました。ご確認頂けましたでしょうか?」

「ええ、いま、ちょうど、本当に……振り込まれていました。」

「ご確認ありがとうございます。驚かれているようですが、こちらはあなたの自由を買い取った代金を支払っただけです。やましいお金ではございませんので安心してお使いください。それではこの度はありがとうございました。」

そう言って女は電話を切った。

そういわれても気持ちの悪いものだ。当面は手を付けないでおこう。

2週間ほど落ち着かない気分のまま自宅で過ごしていると電話が鳴った。

「君か?!」
声の主は社長だった。

「社長!どうしたのですか?」

「どうしたもこうしたも!君がわが社をやめると聞いてな。いやー、申し訳なかった。あの部長のせいで冷や飯を食わせてしまったな。あの部長は会社の金を横領していたことがわかってな。クビにしたのだ。」

「はあ……。そのことを知らせるためにわざわざお電話を?」

「いやいや、これまでの君の実績は重々承知している。君はわが社にとって必要だ。ぜひわが社に戻ってきてほしい。ちょうど部長のポストが空いた。部長としてどうだろうか?」

突然の申し出に驚いたが、ようやく自分の実績が評価されてうれしかった。

「ありがとうございます。この度はお騒がせしました。これからもどうぞよろしくお願い致します。」

「そうか!そうか!ありがとう!では、明日、会社で待っているぞ!」

電話を切った後に6000万円と違約金のことを思い出した。

「2倍か……。まあ、相手は俺の居場所も勤め先も知らないのだから大丈夫だろう。」

次の日、出社すると本当に部長になっていた。
6000万円と違約金のことが少しは気になったが、何も起こらない日々を積み重ねると不安は薄らいでいった。
ひとり身で部長の給料であれば余裕で生活できたので6000万円には手を付けなかった。
そして、蓄えも増えていった。

会社生活の残りの10年を部長として勤め上げた。
同族経営の小さな会社では、このポストで会社員生活を終えられれば上出来だろう。
コツコツ貯めた貯金は6000万円を超えた。あの6000万円を別にして。

退職日の帰宅路に男がこちらをじっと見て立っていた。

「違約金を頂きに来ました。」

男はそう言うと続けて、

「あなたはこちらがお支払いした6000万円をそのまま残していますね。良い心がけです。さらにご自分で6000万円をお貯めになった。すばらしいことです。ただ……」

呆然としているとさらに続けて、

「あと6000万円足りません。あなたが手をつけなかった6000万円を回収すると、あなたの資産の残りは6000万円。違約金は1億2000万円ですから6000万円足りません。」

解釈がおかしいと思うのだがパニックで言葉が出ない。

男は私の体を品定めするように見て、さらに言葉を続けた。

「年はいっているが、ばら売りすれば6000万円にはなるだろう。」


田舎の経済を潤します。