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牛の鳴き声

群ようこさんの「衣にちにち」を読んでいると、ふいに牛の鳴き声が聞こえました。

出勤途中の電車の中です。当然、牛がいるはずもありません。驚いたのはほんの一瞬。すぐにその音の正体は電車のきしみ音だとわかります。
今までこんな音鳴っていたかしら?記憶をたどりましたが、思い至らず。車内放送も流れてこないので、いつもと違う速度で走っているわけでもないようです。

それにしても、この音の野太さよ!本から視線を上げ、通勤ラッシュの去った車内を見ます。みなさん、気にしていないのか、そもそもイヤホンやスマホに夢中で気が付かないのか、反応を示したのはわたしだけのようです。
そうしている間にも、牛の鳴き声は何度も聞こえてきます。短かったり長かったりと様々ですが、電車にいじめられた牛たちはふてぶてしい声を上げ続けます。
聞いているうちに、腹の底からふつふつとした笑いがこみ上げてきました。アハッ。こぼれた笑いは少し大きかったらしく、座席を一つ空けて座っていた人がこちらを見たような気がしました。ごめんね、でもおかしいんだもの。

本は中断し、気が済むまで牛の鳴き声を聞くことにします。ちょうど鉄橋の上を通った車窓からは、大きな川とすっきりとした色の空が見えました。今日はこんなに天気が良かったのかと、朝の散歩時間を布団でゴロゴロしていたことを少し後悔。明日は寒くなるんだっけなぁ。

思う存分、鳴き声を聞き、再び本に戻ります。やがてその声は聞こえなくなりましたが、ずいぶんと長い間、愉快さは腹の底をくすぐっていました。

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