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神須屋通信 #24

 今月から日記の抜粋をやめて、元の「神須屋通信」の形式に戻します。

10月の出来事

●円安と物価高が続いている。今月は、一時、1ドルが150円を越えた。政府は為替に介入したが、日銀の政策が変わらない限り、この傾向は変わらない。私は円安から円高への大胆な政策変更が必要だと思うが、企業倒産や失業者が増えたりする恐れがある。でも、いつかはやらないといけない。長年の円安政策に甘えてきたおかげで、日本企業はすっかり弱体化して、賃金もあげられず、海外との競争にも勝てなくなった。黒田日銀総裁が辞める時がチャンスだが、さて、替わりがいるのか。●相変わらず、旧統一教会の問題が世間の一番の関心事。これを解決しないかぎり、岸田内閣の支持率は下がるばかり。解散命令は宗教法人格を剥奪するだけだから、信教の自由をおかすことにはならないので、早くすればいいのにと思う。もっとも、それで問題が全て解決するわけではない。●イギリスのトラス新首相が就任後わずか45日で辞任して、インド系のチャールズ国王よりも金持ちのスナク氏が新たな首相に選ばれた。●小室圭さんが三度目の受験で、ニューヨーク州の弁護士試験に合格したそうだ。めでたい。それでも、女性週刊誌などは悪口をやめない。まあ商売だからね。●新型コロナの感染者は下げ止まっている。規制はほとんどなくなって、海外からの観光客も入ってきているが、年末年始に専門家が予想する第8波が不気味だ。●今月は、私が住む東岸和田地区で、だんじり祭りが行われた。3年ぶりの規制のない祭りで、地車を曳く、ほとんどの人がマスクをしていなかった。これからもずっとこうであって欲しい。●プロ野球はオリックスがヤクルトを下して26年ぶりの日本一に。3冠王の村上くんは残念だった。

中国と韓国に関する話題

●私は大学で東洋史を専攻して、卒論は李氏朝鮮の実学について書いた。実学は、日本の蘭学にあたる。そんなわけで、中国と韓国には今も関心を持ち続けている。定年退職後に、月に2回、中国語教室に通うようになり、韓国語の勉強も、独学だが、細々と続けている。今月は、公私にわたって、中国と韓国に関する話題が多かった。

●まず、中国では、今月、習近平総書記の3期目が始まった。2期までという鄧小平以来の伝統を破った、独裁制への復帰とも思える事態で、周囲を側近で固めた習近平のプーチン化が心配だ。いずれは台湾に侵攻する可能性が高まった。しかし、単純に習近平を人類の敵だ、巨悪だと決めつける事はできない。東洋史学者の岡本隆司さんが指摘するように、中華帝国の長い歴史を見ると、これまでの集団指導体制こそが中国にとっては異質なものだったからだ。近代の西欧的な物差しだけで判断すると誤る。これから独裁者習近平との賢い付き合い方を考えるしかない。日本と中国には長い長い交流の歴史がある。適当な距離をとること。それにしても、いったいいつになれば中国旅行が出来るのか。

●今月からDuolingoで韓国語の学習を始めた。この国際的な語学アプリの存在は以前から知っていたが、近所で一人暮らしをしている兄が、東京に住む孫に教えられて、このアプリで英語の学習を始めたと聞いて、自分でもやってみることにした。選んだのが韓国語。先ほど書いたように、韓国語の勉強は何年も前から続けていたので、今のところは、初心者向けレベルの問題は簡単に解ける。易しい問題を次々に解いて、(アプリのキャラクターに)凄い!などと褒めてもらうのは、ゲームをやっているようで、なかなか楽しい。これは語学学習の新しい形だろう。無料でもできるのが良い。

●家内が韓国ドラマを観たいというので契約したNetflixだが、結局、観ている時間は私の方が長くなった。先月は、パク・ウンビンさんに魅了されて、「ウ・ヨンウ弁護士」や「恋慕」を見続けたので、読書の時間がずいぶん短くなってしまった。しばらくシリーズものの韓国ドラマを見るのはやめようと思ったのだが、今月も、ついつい見てしまった。話題の韓国ドラマ「シスターズ」である。三姉妹を主人公とする、視聴年齢制限のある、ハードなミステリ。三姉妹を演じるのが、長女が「トッケビ」のキム・ゴウン、次女が「100日の郎君様」のナム・ジヒョン、三女が映画「はちどり」のパク・ジフとあっては、見ないわけにはいかなかった。「愛の不時着」もそうだったように、ちょっとあり得ない設定の物語だったが、これだけ面白く最後まで見せたのは、演出、撮影、編集、そして俳優たちの魅力的な演技など、全てが、ハリウッド映画にも劣らない、世界的なレベルにあったからだろう。シンガポールでのロケを含めて、とにかく映像が美しかった。最近の韓国ドラマの共通テーマとも言える貧富の格差を背景に、何人も無残に人が死ぬ、かなりドロドロした物語だったのだが、爽快なスパイ映画の要素もあり、最後は、これでいいのかと思うくらい、何やらハッピーエンド的に終わった。それもいかにも韓国ドラマらしかった。

●今月、贔屓にしているNHKの番組「ブラタモリ」が2週にわたって対馬を紹介した。私は厳原に一度行っただけなので、いろいろと勉強になった。対馬は国境の島だから、中国(元)からも韓国(李氏朝鮮)からも侵略された歴史を持っている。逆に、倭寇の本拠地として、その両国の沿岸地域を侵略した歴史もあった。でも、現在、日韓交流の象徴になっている朝鮮通信使は対馬の仲介がなければ存在しなかった。私のように、日中韓三国の交流史に関心のある人間にとっては、対馬はとても興味深い土地だ。でも、この番組で記憶に残ったのは、アシスタントの女性アナウンサーが、韓国ドラマのファンで韓国語を勉強しているとかで、厳原の街中にあったハングルの標識を読めた事だった。人はつまらない事を記憶する。

●そんな韓国で、今月、大惨事があった。コロナ禍明けで久しぶりのハロウインで賑わう梨泰院で、群衆雪崩が発生して、若者を中心とする150人以上の死者が出たのである。あのセウオル号事件以来の大惨事。なんとも痛ましい。梨泰院は、ドラマ「梨泰院クラス」の舞台でもあり、30年近く前に初めてソウルにいった時、現地のガイドが案内してくれた思い出の地でもあった。今度、ソウルに行ったら、ぜひ梨泰院にも行こうと考えていたので、私にとっても、ショックは大きい。国際的な観光地だから、被害者には外国人も多く含まれている。日本人女性も2人犠牲になった。その一人は、韓国語を勉強するためにソウルに留学して間もなかったそうだ。言葉もない。そういえば、映画「はちどり」では、かつての漢江での橋の陥落事故が物語の背景になっていた。何年か先には、今回の梨泰院惨事が映画や小説にとり上げられることになるのだろう。物語ることもまた死者への慰霊の行いだから。

 なお余談だが、最近、ハロウインの事を「ハロウイーン」と表記するようになっているようだ。確かに、英語の発音はそうなのだが、カタカナ表記はすでに日本語なのだから、以前のようにハロウインでいいではないかと私は思う。アメリカに媚びるな。

今月読んだ本から 

 まず、韓国に関する本から。道上尚史「韓国の変化 日本の選択」。韓国や中国に長年駐在し、国際交流に深い知識と経験を持つ外交官による憂国の書。たくさんの分野で中韓にとっくに抜かれていることに無自覚で、活力もなく内向きになっている今の日本に、豊富な実例を持って、覚醒とアップデートを促す。コロナ禍を脱しようとする現在、日本国民必読の書だと思った。嫌韓感情に便乗するばかりの某元韓国大使とは全く違う、こんな見識のある外交官が日本にもいるのだ。道上さんがこの本で書かれていることは、神戸大学の木村幹教授がいろいろなところで書かれていることと共通するところが多い。その意味では驚きはなかったが、長年、外交官として体験された事実を踏まえているから、その言葉は重い。この本を読んで感じたこと。韓国や中国と対等に渡り合うためには、政治家、官僚、ビジネスマンを問わず、日本人の英語力を急激に高める必要がある。日本人が内向きなのは、事実上の国際共通語である英語力のなさとかなりの相関関係があると思うから。まあ、私も他人事ではない。読むのはそこそこできても、会話となるとね。もうこの年齢になっては難しいが、留学か海外赴任を一度してみたかったなあ。なお、この本に書かれていたことだが、韓国の学生が一流企業に就職するためには、TOEICが900点近く必要なのだそうだ。800点ではダメなのだ。日本では、高校の英語教師だって800点はとれていないんじゃないか。

 次は、Anthony Horowitz "A Line To Kill" 。ここ数年の習慣で、ホロヴィッツの新作は、年末の各種ミステリベストテンの1位独占というニュースを確認してから、新年最初に読むことにしているのだが、今回は新年を待ちきれずに読むことにした。この作品は、ホロヴィッツ自身をワトソン役にして、元刑事の探偵Hawthorneの名推理を記録するシリーズの3作目だ。確か、小説上の設定では、ホロヴィッツは、ホーソンの活躍の記録者として出版社と3作書く契約をしていたはずで、これが最後の作品になるはずだが、小説の最後に続編を思わせる文章があって、amazonをのぞいてみると、どうやら4作目も既に書き上げているらしい。それを来年初読みの本にすることにしたので、例年より早めにホロヴィッツを読んだというわけだ。いつもながら、変幻自在な筆の運びと謎解きの見事さ、主人公の魅力的なキャラクター造形には感嘆するしかない。まさに名人芸。このホーソン・シリーズは、著者の健在なうちは、ずっと続けてもらいたいものだ。意外なことに、ホーソンはまだ40歳前のようだから。なお、この小説の舞台になったおかげで、フランスのすぐ近くに、英国領の小さな島々があることを知った。第二次対戦中はドイツ軍が占領したそうだ。ホロヴィッツの小説は、色々と楽しみながらも勉強になる。

 今月14日は、150年目の鉄道記念日だった。明治になって間もない時期に、鉄道開設に尽力した大隈重信や伊藤博文には感謝しないといけない。私自身は鉄道での旅は好きだが、特に鉄道ファンというわけではないのだが、せっかくだから、記念として、宮脇俊三さんの「時刻表2万キロ」を読むことにした。原武史さんや関川夏央さんの鉄道エッセーは読んだことがあるのに、鉄道エッセーの世界において、登山界の深田久弥に匹敵するくらい神格化されている、宮脇俊三さんの本を一冊も読んでいないことに気づいたからである。というわけで、氏の処女作である「時刻表2万キロ」を読むことにした。実に面白かった。昭和の国鉄時代に書かれたもので、今ではほとんど廃線になったようなローカル線について書かれているので、今では歴史的な価値があるわけだが、それよりも文章が素晴らしい。いかにもマニアらしい冷静的確な描写のところどころに、思わず頬が緩みそうなユーモラスな描写がある。そういえば、出版社のお偉方であった宮脇さんは、生前、北杜夫さんの隣人でもあった。なるほどなるほど。いずれにしても、この処女作にして、宮脇俊三は完成された鉄道エッセーの名手として登場したのである。自ら「時刻表極道」と称した宮脇さんの鉄道作家生活はここから始まった。他のエッセーも各駅停車のようにぼつぼつ読むことにしよう。

 今月は他に、小泉悠「ウクライナ戦争の200日」などを読んだ。ウクライナでの戦いはまだ終わりそうにないが、この本は、ロシアの侵攻が始まってからの節々におこなわれた、小泉さんをホストにした諸氏との対話の記録である。対談相手には、東浩紀さんやヤマザキマリさんも含まれる。小泉さんが、単なるロシア軍事オタクではないことがよくわかった。信頼に足る知識人である。この戦争を終わらせることができるのはプーチンだけだという現実はとても悲しい。


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