見出し画像

神須屋通信 #31

「和田誠展」を見る

 6月の初旬に京都に行ってきました。正直なところ、インバウンドの観光客が戻ってきて、連日、混雑が報道されている京都には行きたくなかったんですが、今回は京都駅に行って帰ってくるだけだったので、思い切って家内と二人で出かけることにしました。そう、今回の京都行きの目的は、京都駅の構内といってもいい、伊勢丹の美術館「えき」で開催されている「和田誠展」を観るためだったんです。本来ならば、昔からの和田誠ファンであった私が積極的に主導すべきだったのが、冒頭に述べたような事情で渋っていた私を説得して行こうと言ったのは家内の方でした。どうやら家内は、和田さんの奥さんだった料理家の平野レミさんを通して、テレビで今回の展覧会のことを知ったようでした。もともと京都が大好きな家内は、なにかと口実を見つけては京都に行きたがるところがありました。

 さて、「和田誠展」のことです。結果的には、行ってよかったと思いました。和田さんの仕事や作品のことは大体知っていると思っていた私にも、和田さんが亡くなってから4年も経ち、改めてその仕事と作品を振り返る展示の数々は、今でも新鮮で、とても感慨深いものがありました。和田誠というあまりにも巨大な才能と人格を失った喪失感を改めて感じましたが、これだけの膨大な作品を残してくれたのだと考えると、和田さんと同時代に生きることができた幸せを噛みしめる機会でもありました。

 今回の展示会では、「和田誠をめぐる30のトピック」として、子供時代の作品から、映画のポスター、雑誌の表紙、絵本、書籍の装丁など、映画監督としての仕事を含めて、その生涯の多彩な仕事の数々を紹介してくれていました。装丁した本が2000冊以上というのは、そんなものかなと思いましたが、和田さん自身が書かれた著書が200冊というのにはちょっと驚きました。そこで、改めて、私自身の本棚を点検してみました。私が持っている和田さんの本は、講談社エッセイ賞を受賞した回想記「銀座界隈ドキドキの日々」の文庫本。解説は井上ひさしさんが書いています。和田さんは井上さんの本の装丁もされていましたね。単行本では、「お楽しみはこれからだ」が7冊。和田さんが大好きな洋画のしゃれた台詞をイラストと一緒に書かれた楽しい本のシリーズですが、これらの名台詞の数々を、まだビデオやDVDが普及する前のことですから、和田さんは記憶だけで書かれたというのにも驚きます。このシリーズの姉妹本として、映画評論家の山田宏一さんと共著で出された「たかが映画じゃないか」も書棚にありました。それと、和田さんがアートディレクターであり影の編集者でもあった「話の特集」から刊行された「倫敦巴里」という洒落た本もありました。本の帯には「和田誠の戯作・贋作大全集 これが遊びの神髄だ!」とあります。そして最後は和田さんの作品集「和田誠百貨店」。これは美術出版社から出ていました。昭和53年発行とありますから、和田さんの前半生の作品集だということになります。 

 たったこれだけしかありませんでした。なにか申し訳がない気がします。でもね、和田さんが装丁した本はたくさん持っています。たとえば丸谷才一さんの本。私は丸谷さんをとても尊敬していて、その本は(文庫本が多いけれど)ほとんど持っているので、当然ながら、和田さんの作品をたくさん持っていることになります。なにしろ、丸谷さんは和田さんが大好きで、自身の本の装丁はいつも和田さんを指名していましたから。実は今回、展覧会の記念に買ったのは、丸谷さんの著書「闊歩する漱石」の装丁をデザインしたTシャツでした。これをミュージアム・ショップで見つけた時には驚喜しましたね。ひとつのTシャツに、丸谷さん、和田さん、それに漱石までいるんですから。着るのがもったいないくらいです。(でも、着ましたけれど。)今回、家内に誘われて展覧会に行ったのは、このTシャツを買うためだったのではないでしょうか。 

 展覧会から帰って、かねて録画してあったNHKの「ザ・プロファイラー」という番組を見直しました。今年の2月に放送された岡田准一が司会を務める番組で、その回の題名は「和田誠 温和な革命児」というものでした。今回の展覧会の映像版とも言える内容で、和田誠という、革新的な仕事をしたのに、ちっとも偉ぶらないから巨人だとなかなか気づかれなかった人物の全貌をとらえた素晴らしい番組でした。和田さんは、大阪生まれなんですね。御父君が大阪のNHKに勤めていた関係だそうですが、小学生の時までしかいなかったとしても、大阪で生まれ育ったということに親しみを覚えました。そういえば、山田洋次監督も大阪の豊中生まれ、福沢諭吉も大阪生まれでしたね。私も大阪で生まれたけれど、ずっと大阪を離れなかったのが悪かったかな。いやいや、司馬遼太郎も田辺聖子もずっと大阪にいたぞなんて、つまらないことを考えてしまいました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?