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東京に住むということ

私はなぜ東京にこだわるんだろうか?

様々なきっかけが重なり、色々な方の意見を聞き、自分なりに棚卸ができた機会でした。

東京に来たきっかけは12年前25歳の時。

ネイリストに転職するタイミングでした。

幼い頃から2~3年に1回は両親がディズニーランドや東京観光に連れていってくれて、賑やかなところ、都会が大好き。

ドラマや雑誌も好きで、東京タワーの見えるお部屋に住んだり、オープンテラスのカフェで恋愛相談をする、というドラマのシチュエーションにも子供ながらに憧れていました。

「Days」という長瀬智也さんや菅野美穂さんが出演されていたドラマが特に好きで、大人になったら絶対東京で働きたい!!と小学校の卒業文集にも書いていたほど。

充実しすぎた青春時代を送るあまり、東京への憧れもすっかり忘れ、関西で生活することになんの違和感も感じていなかった24歳の時。

ジャニーズアイドルNEWSのコンサートに行った時に、同世代の人たちが輝く同じ世界に行きたい!と東京への憧れを思い出し、転職のタイミングで思い切って上京を決断。

とはいえ、関西でも何不自由なく充実した毎日だったので、「ちょっと東京に留学いってくるわー!」と1年ほどで帰る予定での上京でした。

その「東京留学」からあっという間に12年。

その場その場のシチュエーションでしなやかに対応できればいいかな、と思いながらパリに行った一年以外はほぼ東京で過ごしていました。

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そして今年。

関西にも店舗を作ったし、コロナ禍で遠隔でも仕事はすいすい進むし、関西に生活拠点を移してもいいかな・・と考えるきっかけが訪れました。

月1で関西、という生活を8年前から毎月続けているので、逆転すれば東京の仕事や生活が全くなくなるわけではない。

色んなパターンを想定しました。

地方育ちで東京への憧れをずっと持っていた私だからこそ、東京に住むこと、生活することにこだわる理由、もとことん考えてみました。

①多様性の認知

東京は首都圏生まれ、首都圏育ちの人もたくさんいますが、地方育ちの人が過半数を超えていると思います。

関西も含め、地方はその逆。その地で育ってその地で生活している人が圧倒的にマジョリティ。

東京はあちこちから寄ってきて、様々なバックグランドを持っているひとがいるからこそ「そういうこともあるよね。」「そういう人もいるよね。」と多様性を認知してもらえることが多い気がします。

地方にいると「元気いっぱいすぎるなあ・・」とマイノリティになりがちな私にとっては居心地が良い。

②チャンスとスピード感

元々積極的で行動力のある性格でしたが、持ち前の性格に東京のチャンス機会の多さが掛け算され、今まで色んなことが実現できている感覚があります。

大阪で教員をしていた時は、出しゃばりな性格であるデメリットな側面ばかりが出ているように感じて、悩んでいたこともあったようです。
(基本的に嫌なことはすぐ忘れるので、母親が当時こんなことで悩んでいたよ、と教えてくれました。)

この町のスピード感とチャンスの多さ、私の性格にはとても合っていると思うし、良い風に化学反応が起きているなあと思っています。

③一期一会のご縁

小さい頃から友達が多くて周りにいつも人がいる環境。

上京したばかりの頃は学生の時の友達で上京組しか頼れるひとはいなかったけど、今は有難いことに沢山お知り合いの方、友達が周りにいます。

「あれ、初めどこで出会いましたっけ?」と共通のコミュニティがないのに何年も仲良くしている人も数知れず。

共通項がなくても気が合えば仲良くなる、とある一瞬のご縁がずっとつながることもある、都会ならではのこの「一期一会」な感覚が大好きです。

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東京へのこだわりを考える中で、我ながら「本当に我が強い人間だなあ。」と思いました。

自分で仕事をして、会社を持ってスタッフも雇用して。

自分の裁量で仕事をしている分、プライベートや生活基盤は流れるまま、しなやかに順応できる人でいたかったけど、どうやら私はこちらも自分でハンドルを握りたい人なんだな、と改めて確信しました。

「旦那さんが転勤や海外駐在しても自宅でもできるし、家事や育児と両立しやすいし!」とネイリストへの転職動機に掲げた私と本当に同一人物なんでしょうか・・?

「ゆきちゃんみたいに、バランスよく仕事を持ち、どんどん進化できる女性も少ない。そんな人が、その生き方を諦めてしまうのは社会の損失!!」

ととある方に言われました。

社会の損失!!とまではとてもじゃないけど自分で思えませんが、うまくやっている方だなあ。とは自分でも思います。

関西のスタッフからは「ゆきさんが関西にいてくれるのは心強いけどこんなオーナーさん、関西にはいなくてゆきさんの東京パワーにワクワクさせてもらってます。」とも言葉をもらったり、

学生の時「みんなで東京で活躍する女性になろうなーー!!」と誓っていた友人には「ゆきは私たちの希望だから!!」と言ってもらったり。

もうこの町の端っこでもしがみついてなんとかどんどん成果を出していくしか・・ないやん、と。

誰かがいないといけない、生かされる生き方より、自分で切り開いて生きていく。

大変なことも本当に多いけど、私にはこの生き方が性に合っているなあと確信したし、これからも変わらず過ごしたい場所で仕事をし続けれる人生を選んでいきたい。

その為に最大限の努力を続けていきたいなあと思う機会でした。

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久賀田有紀(くがたゆき)

教員を経てネイリストに転職。

ネイルサロン3店舗経営、海外ネイル協会運営、シニアネイル事業の監修を行っている。

ネイルサロンが社会に浸透すること、ネイリストと海外を繋ぐことが目標。

株式会社mani creation代表取締役

一般社団法人海外ネイル協会 代表理事

【銀座・京都ネイルサロン】maninail http://mani-nail.com/


【ネイリストと海外を繋ぐ】海外ネイル協会http://jnisa.com/

【シニア向けネイル事業】えがお爪工房 https://egao-nail.jp/

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