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タイタニック群像

子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気のようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももうはらわたもちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟してこの人たち二人を抱いて、浮べるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。

宮沢賢治『銀河鉄道の夜』より


[バス停にて上司に出会ふこと]

お、今日も映画なん?

はい、そうなんスよ

今日は何観るん、鬼滅?

ちゃいます、△さんも観たことあると思いますよ

ええ、そんなんやってるん

はい、タイタニック観にいくんスよ

うそやん、むっちゃ懐かしいやん、4回は観てるわ

めっちゃ観てるやないスか

全員違う女の子やわ、毎回初めて観る感じ出してな

(笑)それって毎回感動できるもんなんスか

泣けるのは2回目までやったわ

3回目からあかんかったんスね

せやんねん、ほんでまた何でそんなん今やってるん

公開25周年記念だとかなんだとかで、リマスター版が公開されたんスよ

はえー、25周年ってことはー、いつや

たしか1997年っス

そうか、ちょうど20歳の時や!観に行ってたなー

△さんてどんな大学生やったんスか

おれなー、寅さんみたいな鞄持って、パンタロンに下駄履いて大学行っててん

尖り過ぎてません?人と違うのに憧れる時期みたいな感じっスか

せやねん、呑み会のときみんながビール飲む中でや、ひとりで徳利にストロー挿して日本酒呑んでたわ

(笑)迷走が過ぎてますって一一一


[友人を隣にタイタニックを観ること]

本作を数回観ている私にとって、作中の展開は全く気にならない。好きな作品をスクリーンで鑑賞できる感慨に浸りながら、場面々々を捉えては咀嚼する、そんなところだ。

〈月1絶対映画を観る会〉の第4夜。隣に座る彼、この映画の初見が劇場の大スクリーンであることが羨ましい。ただひとつ、3D上映であることを除けば。

〈このシーンが観たかったんだよバロメーター〉は私の中で激しく上下する。メーターが最高潮に触れるシーン、救命ボートに乗ったローズとそれを見送るジャックの場面。

そのシーンが近付くに連れ、メーターは上昇してゆく一一一束の間、隣の彼が席を立つ。うそ、だろ。スクリーンの下端にシルエットを映しそそくさと劇場を出ていく。

氷山の如く聳えるアイスティーのLサイズに彼の膀胱、そう、不沈艦(やかましすぎる)は座礁した。舞い上がった花火がジャックの頭上で枝垂れ、再び船上に戻ってくる。時を同じくして彼も席に戻ってきた。


[終演後終電を急ぐこと]

極めて小走りに近い早歩きでゲートを抜ける。ここは4階、目的の駅は徒歩20分ほど。走らなければ間に合わない。

集団から頭ひとつ抜けたポジションでエレベーターまで最短のラインを辿る。丁度乗れそうだ。奇しくも作中の救命ボートと状況が重なる。

10人ほどは乗れるであろう小舟は、半分にも満たない4人を乗せて出航した。思惑通り即座に閉まったドア、動き出す舟。助かりそうだ。

あなた、それでも人間なの?

やかましいわ。


[作品につひてのこと]

こないにコテコテなロマンスやったかいな。せや、沈没前の混乱を行き交う人々の群像劇、ごっつ面白かったで。ほんでそうや、3Dはやめてくれへんか。見にくーてしゃーないわ。


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