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現実の変革、その試演

当月の観る会はウェス・アンダーソンの新作『アステロイド・シティ』を。これまでに十本を数える彼の過去作より、さらにもう数段ギアを上げたような、いわば挑戦作であったと感じた。毎作お馴染みともなっている"演じる"シーン、今回はその立ち位置が作品の大部分を占めるという構成に。虚実の境界線をハッキリと設け、なぜ演じる一一延いてはなぜ創作を行うのか、そんな問いに対し極めて自己言及的に応答する。

(C)2022 Pop. 87 Productions LLC

以前、同監督の『ムーンライズ・キングダム』を劇場鑑賞した際に、こんなことを書いた。

シニカルな映画だ。作品世界が"現実"という真っ暗な嵐に包まれているからこその、オブラートとも云うべきポップな雰囲気を押し出した作風であったのではないのか。皆、孤独に溺れている。現実は余りにも残酷だ。


本作に準えるならば、アナログで描かれた世界が、我らが生きる現実世界の延長線上である。やや語弊はあろうが、その地点よりもうひと段階離れた所にあるのがアステロイド・シティなのだ。その創作世界は整合性・合理性が眠りに落ちる場所であり、現実からの逃避一一跳躍が許される場所でもある。

(C)2022 Pop. 87 Productions LLC

その世界の中でさえ「挑む・目覚める」などといった言葉で主体と世界とは対比される。とすると「宇宙=現実の外側」のような形で、現実世界を虚構の中にさえ当て嵌めているともとれるワケで。この我々の生きる空間が実感あるものとして、いわば二重否定的に肯定されているような、そんな感があった。

(C)2022 Pop. 87 Productions LLC

短いけれどこの辺りで。好きな類の作品でございました。

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