見出し画像

月と六文銭・第十四章(67)

 工作員・田口たぐち静香しずかは厚生労働省での新薬承認にまつわる自殺や怪死事件を追い、時には生保営業社員の高島たかしまみやこに扮し、米大手製薬会社の営業社員・ネイサン・ウェインスタインに迫っていた。

 田口はターゲットであるウェインスタインの上司・オイダンが同僚殺害の犯人であることを確認できたとして、本部に報告した。少なくとも今晩のアリバイ作りもうまくいったはずだ。後は本部の判断を待つのみだ。

~ファラデーの揺り籠~(67)

265
 高島は組織に連絡して、確証を掴んだことを伝え、作戦を次の段階に進めるよう進言した。組織からの返事を待ちながら目の前の食事をゆっくりと片付けていた。
 メインが食べ終わり、そろそろデザートが来るかなと思っていたところ、目の前に外国人のビジネスマンが座った。

「こんばんは、ミヤコさん、ドライブに出かけるには最適な夜ですね。
 星も綺麗だし、風も少ないし」
「こんばんは、ジョン。
 オープンカーは中々素敵でしたよ」
「そうですか。
 君の報告を読んだ。
 本部に送って、こうして話している間にも判断が下されるだろう。
 よくやった」
「無効化するの?
 処理するの?」
「仮にもお国のために命をかけて戦い、勲章をもらっている元軍人、今は無効化して、本国に戻ったところで拘束することになるだろう。
 君のオペレーショナル・パートナー殺害についてはゆっくり確実に罪を償ってもらうが、本部は彼の能力について把握することを優先している」
「分かったわ。
 しかし、デイヴィッドだって米国のために」
「それは分かっている。
 たとえ陰からにしても、我が国のために命を懸けて働いてくれた人間の死を決して無駄にも無碍にもしない」
「ありがとう。
 で、私が推薦したスナイパーを使うの?」
「それは前も言ったとおり、君は知らない方がいい」
「しかし、この国で確実にこういった案件を処理できるのは彼だけです」
「何故、彼に拘る?」
「確実にデイヴィッドの仇を取ってほしいの」
「仇とはまた随分東洋的な発言だな」
「時々Pain in the Ass(くそ野郎)でしたが、パートナーとして数々のミッションを一緒にやり遂げた大事な仲間、しかも惨い殺され方をしたのですよ」
「分かっている。
 私もあの現場を見た。
 かなり苦しんだであろうことも分かっている。
 だから君の気持ちは分かるし、本国に戻った時に拘束するのではなくて、ここ日本での無効化を本部に強く申請しておいた。
 君が彼がどうなるのかを見たいと思ってな」
「ありがとうございます」

266
 ずっと見ていた客には、外人から外人へと渡り歩くいやらしい女に見えただろう。路肩で吐いて、派手な外車に乗った外人を振り、ファミレスで次の外人を呼び出し、ご機嫌にパフェを食べる強者と映っただろう。これで後から来た外人と一緒に連れ立ったら「スーパービッチに決定!」なんて思っている客もいただろう。

ピロン♪

「結論が来た」

 連絡員は携帯電話で本部からの指示を見て、高島の顔を見た。

「実行する。
 既にアセットが起動されて、狙撃地点の設定に動いている」
「私は」
「うまく彼との関係を演出したのだから、今は動かない方がいい。
 今晩は別のホテルに泊まって明日の昼間に荷物をまとめ、チェックアウトするといい」
「実行日は?」
「明後日、木曜がいいとアセットは考えているようだ。
 絶対完璧なアリバイを用意するように。
 いいな?」
「はい、新橋のクリニックで看護師として勤務するようにします。
 木曜の晩は職場の人とご飯かカラオケに行くようにすれば、あちこちのカメラに映像が残りますので」
「金曜にずれ込んだ場合は?」
「金曜なら、華金として、看護師仲間と女子会でもやります」
「了解、大丈夫そうだな」
「はい」
「ドスィエではアセットの仕事は完璧だ。
 我々の望む結果が導かれるはずだ。
 安心して、カラオケや女子会に行ってくれ。
 結果を連絡する」
「お願いします」
「因みに、この後、どうする?
 私と一緒に出れば、君が気にしている他人の目には"外人好きなビッチ"の印象が残るが」
「パスタとパフェの代金を払ってくれるのなら、一緒に出てもいいわ。
 どうせ経費で落ちるんでしょ、アナタの場合?」
「随分と安く見られたものだな。
 俺のコーヒー一杯と君のパスタ、紅茶、パフェで幾らだろう?」
「そういえば、ジョンって結婚しているんだっけ?」
「一人者だ」
「じゃあ、一緒に出て行くのを見られても困らないよね?」
「サ、ん、ミヤコ、そういう問題ではないと思うが」

ここから先は

1,637字

¥ 110

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

サポート、お願いします。いただきましたサポートは取材のために使用します。記事に反映していきますので、ぜひ!