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月と六文銭・第十四章(46)

 工作員・田口たぐち静香しずかは厚生労働省での新薬承認にまつわる自殺や怪死事件を追い、時には看護師、時には生保営業社員の高島たかしまみやこに扮し、米大手製薬会社の営業社員・ネイサン・ウェインスタインに迫っていた。
 彼との情事を2度経験した田口は、彼には不思議な力があることを認めるしかなく、その正体を暴こうと同僚工作員であるデイヴィッドと一緒に監視結果の分析を進めていた。 

~ファラデーの揺り籠~(46)

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 血流が影響していることは確かで、触れられている、いないに関わらず、感覚が高まっている部分がどんどん暖色へと変化していった。しかし、逆に唇で愛撫を受けている部分は周囲よりも温度が低く表示されている、という興味深い現象も確認できた。キスされたり、舐められたりした唾液による冷却効果なのだろうか。
 問題は三つ目のファイルの画像だった。ヴィッドは測定したデータをグラフ化していた。横のX軸は時間の経過、縦のY軸は電磁波の強さになっていた。時間の経過がリアルタイムとなるよう調整してあって、隣の2つの画面の変化と合うようになっていた。
 イメージ的にはどんどん記録を取って進んでいく心電図のようで、3つの測定器の結果が赤、青、緑の線として表示されていた。測定器を等間隔に置いたわけではないので、背中の下あたりの測定器の青い線と都のバッグの中の緑の線が似たようなグラフになっていた。
 そして、都が注目したのはウェインスタインの愛撫で体が温まっていく様子より、挿入後に胸を掴まれ、彼が自分を見つめ、精神を集中し始めた時点以後、快感が急速に高まった時点からだった。

 都は他の工作員の調査報告を見るような冷静さで画面上に展開している行為とデータの関連性を探ろうとしていた。画面に写っているのが自分だと思いたくないのか、思っていないのか、思わないことで事態を客観視できるよう努力していたのか、それは本人のみぞ知るだった。

 この辺りよね、とリアルタイム画像を停めた。全体的に体が温まったところから1分ほど経ったところだった。サーモグラフ画像は左下の時刻表示を注意深く見ながら細かく前後させた。それに合わせ、他の2つの画面の映像も変化した。電磁波測定器の方のグラフもスタート時点が自動調整され、0.05秒単位で進めることも巻き戻すこともできた。さすがヴィッド!彼が作った小プログラムでこれらのデータを統一して動かせるようになっていた。

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***現在***
「哲也さん、認めたくないけど、自分のセックスシーンをじっくり見るのは、なかなか辛いものよ。男性なら嬉しくて、オナニーの材料にするところでしょうけど。
 しかも、ヴィッドの録画、本当に鮮明で、挿入が深まるに従って、私が快感に震えているのが確認できるし、角度によってはマーク・ウェスティンの性器に付いた私の愛液までがちゃんと写っているのよ!」
「最近の監視機器、凄いんだね」
「そこじゃないよ、私が気にしているのは!
 あなたが狙うターゲットの資料に含まれると思ったら憂鬱だったんだから」
「そんなビデオを観たくらいで、僕が勃たないとでも思ったの?」
「あなたを知ってからは心配する必要がないってことは分かっているけど、あなたのよく言う『普通の男』なら、勃つ以前にあたしの顔すら見たくないと思うんじゃないかと思って…」
「それは『普通の男』の場合だろ?」
 確かにあなたは『普通の男』程度の性欲じゃないし、耐久力も年齢相応では説明つかないのは確かだけど、と田口は心の中で思った…。

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***再び回想へ***
 3つの画像は同時にスタートし、男性が挿入を開始していた。快感が全身に少しずつ広まっていたのは、体の温度分布ではっきりしていた。次にペニスを中心に膣が摩擦された結果、暖色の温度分布が下半身を中心に広まっていった。下腹部に加え、顔と胸、腹と太腿が黄色からオレンジに変わった。
 リアルタイム画像では女性がベッドのシーツを掴み、唇を噛んで、快感に耐えていた。腰が少し浮き、ブリッジを形成し始めた。
「気持ちよさそうだけど、ここはまだよね」
 都は冷静に自分のセックスシーンを分析していた。ウェインスタインのピストン運動が丁寧で正確なのは認める。しかし、この程度で達することはない、私の場合は、ね。
 そう、ここよ!ウェインスタインが両手を伸ばして、乳房を包むというよりも、むんずと掴んだのよ。痛いことはなかったけど、形が崩れたらどうするのよ、あたしの自慢の胸!
 ま、それはともかく、この時点からウェインスタインの例の力が発揮され、体に影響が出始めたのよね。胸から上半身に広がった"熱"は体全体に広がり始めた。上から見たサーモグラフ画像ではペニスが挿入されていた位置から下半身全体に"熱"が広まっていったし、胸を掴んでいる男性の腕を女性が掴み、ブリッジを形成しながら喉を見せている。
 そう、ここよ!ここからあれが始まったのよ!心臓のある辺りを中心に熱くなったと感じたのよ!サーモグラフではオレンジから赤に近い色になっている。かなり温度が高いな。
 膣から広がり始めた"熱"は確実に下半身に広まり、太腿を含めて第二の熱源となっていた。血液が温まったのか、足の指先までがオレンジ色になっていた。

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