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月と六文銭・第十五章(5)

 動くものを狙撃するのは難しい。スピードもあるが、動きが予測できないことも多い。武田の計算能力で動く物体が百分の一秒後、十分の一秒後、一秒後、二秒後、三秒後、五秒後にどこにいるのかが予測できるからこそ、正確に狙撃ができるのだ。
 この特殊な能力が発揮されるのはターゲットが車で移動していて、事故に見せかけて無効化する時だ。

アサインメントその1:白いマセラティ

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「なかなかすごいものを見ちゃったって感じだね」
「それはそうでしょ!両親がエッチしている姿なんて普通想像しないよ。特に父親が裸なんて見たくも、想像したくもないじゃない?」
「そうだね、娘なら高校から、早ければ中学生の時から父親なんて臭くて汚い存在だもんね」
「私はそこまでは思わなかったよ。父はちょっと過保護だけど、ずっと良好な関係よ」
「だから、のぞみさんがまだ処女だと思っているとか」
「多分…」
 武田は手を伸ばし、のぞみの首の後ろに入れ、自分の方を向かせた。
「のぞみさんのお父さんとお母さんのお陰でこんな可愛い娘ができたんだね」
「そんなことを言ってくれるのは、哲也さんだけ」
「お、そうか?株2の高橋君は?」
「だからぁ、ただの同期だってば!」
 のぞみはふくれっ面も可愛い。そう思った武田はのぞみのシャツの襟から手を突っ込み、胸を揉み始めた。
「ダメ、今夜はできないから、今されたら、私、困る」
 困ると言われてもやめない武田の手の動きに合わせて、乳首が硬くなっていくのが分かるのぞみだった。
「困るってばぁ!」
 昨日までだったら、痛いからと怒って、本気で武田の手を払っただろう。しかし、今は唇を噛んで、気持ち良さが口から洩れないように耐えていた。

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 武田がチラッとルームミラーに映る点が気になったようで、顔を一瞬しかめたのをのぞみは見逃さなかった。
「何か来るの?」
「黄色の、フェラーリかな」
 のぞみはドアミラーを覗き込んで、黄色い塊が急速に近づいてくるのを見ていた。
「すごいスピードね」
「あぁ、心持ち左に寄っておくかな」
 武田はこの速度差で接触した時のこと考えて、車線ギリギリの左側を走行するようにして、黄色いフェラーリが通過するのを待った。
「ん、減速し始めた。並ぶ気かな?」
「いやーね、フェラーリを見せつけるつもりかしら」
「そういえば、のぞみさんはフェラーリに興味はあるの?」
「派手だし、オーナーは2種類に分かれるから、今一つかな」
 傲慢で鼻持ちならない派と上品で素敵な派と言いたいのだろう。車でも、時計でも、カメラでも、ワインでも、宝石でも、いや、どんなコミュニティでもこの2つの派が存在し、さらに言えば、どちらにも属さない派がもう一つ存在した。武田は"上品で素敵な派"に属していたいと考えて日々研鑽していたが、"傲慢で鼻持ちならない派"の人々と接する度に"どちらにも属さない派"もいいなぁと思うことしきりだった。
「来た」
 武田に言われて、のぞみはドアミラーで近づいてくる黄色の車を見ていた。
「ドライバーは白人男性よ、東洋人女性が助手席にいるわ」
 フェラーリはだいぶ減速して、静かに横に並び、時速80キロで並走した。

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 チラッと横を見た武田が思い出したのか、車名を口にした。
「カリフォルニアかな」
「名前?」
「多分。FRでオープンになるタイプだね」
「え、どうやって?」
「屋根が二つに分割されて、トランクが開いて、その中に飲み込まれる」
「へぇ~、見てみたい」
 のぞみは隣の車のルーフのラインを目で辿っていた。 
「あ、ドライバーがこっちを見ているよ」
「ただの車好きだといいんだけどね」
「『お、珍しい、500Eじゃん!』って感じで?」
「うん、『珍しい、500Eじゃん!』って感じで」
 のぞみはククッと笑って再び右を見た。フェラーリのカップルは何か楽しそうにしゃべっていた。
「隣の車の中では、私たちが、フェラーリはいいねぇなんて会話をしているじゃないの、と言ってるんじゃないかしら」
「ははは、のぞみさんは想像力豊かだね」
 そう冗談を言っているうちにフェラーリは加速して去って行った。

 武田はのぞみには言えなかったが、3か月ほど前に首都高で黄色のフェラーリ・カリフォルニアのドライバーを"無効化"していた。もちろん助手席に同乗者はいなかったが…。

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