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月と六文銭・第十九章(08)

 鄭衛桑間ていえいそうかん:鄭と衛は春秋時代の王朝の名。両国の音楽は淫らなものであったため、国が滅んだとされている。桑間は衛の濮水ぼくすいのほとりの地名のこと。いん紂王ちゅうおうの作った淫靡な音楽のことも指す。

 元アナウンサーの播本優香ほりもと・ゆうかは久しぶりに本格的なデートが楽しめたようだった。誤解が解けて、子供へのお土産もしっかり入手して喜んでいたものの、迫りくる門限に向け、帰宅の準備を急いでいた…。

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「そうよね」
「明日起きたら、新幹線が何両あるかなぁ?」
「あ、そうでした!
 本当にありがとうございます」
「ちょうどいいお土産かなぁ、と思ったから買っただけですよ」
「ごめんなさい」
「いや、気にしないで」
「そうじゃなくて、さっき、哲也さんが買い占めたから、私の買う分がなくなったと空の棚を見て思ったの。
 まさか、私のために買てくれたなんて思わなかったから、すごく失礼な事を考えてしまって」
「まぁ、僕だったから優香のお土産になったけど、他の人だったらそのまま誰が買ったのか分からなかっただろうし、結局手に入らなかったよね?」
「そうなの!
 私はあの時、哲也さんって生きたお金の使い方ができる人だと確信したの。
 だから、ずっと一緒にいてほしいと思ったの」
「…」
「あ、買った物を私、というか息子、にくれたから思ったわけではないし、転売とかじゃなくて、誰かを喜ばす為に買ったんだって分かって」
「まぁ、転売ヤーではないので、自分の分は部屋の棚に飾るつもりだったし」
「ほほほ」
「ん」
「哲也さんの部屋だったら、鉄道模型で言えば、超高級なNゲージとかありそうで、プラトレインを飾るような部屋じゃないんでしょ?」
「そんなことないですよ。
 先日作ったガンプラが飾ってありますよ」
「え、ガンプラ?」
「そう、ガンプラ。
 意外ですか?」

 ガンプラとはバンダイ社が発売しているガンダムのプラモデルの総称で、日本ではホビーの一分野になっているともいえるほど確立したプラモデルの商品群を指す。時代ごとに主役メカなどが変わるため、幾つものシリーズがあるのも特徴。

「器用だとは思うけど、そういうことに時間を割くことをあまりしないイメージでした」
「どんなことに時間を割くイメージですか?」
「その、まぁ、女性との時間とか、美味しいものを食べに行くとか」

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「それはもちろんしていますよ。
 今夜だって、とてもチャーミングな女性との時間を過ごせたし、美味しいお寿司を食べたし」
「うんうん、あのお寿司、とてもおいしかった!
 ちゃんとお礼を言っていなかったわ。
 ごちそうさまでした」
「あれっ?
 チャーミングな女性の部分は言及せず、ですか?」
「え、いや、それってアタシのことですよね?
 自分で自分のことチャーミングとかいうと自意識過剰女でしかないですよね?」
「チャーミングな女性はチャーミングだし、優香はチャーミングだよ」
「ホント?
 ありがとう!」

 播本は武田にキスをして、ちょっとだけ目を潤ませた。

「行かなくちゃ…」
「馬車がカボチャになっちゃうのかな?」
「バスがなくなるの…」
「わお、一気に現実に引き戻される発言だね」
「ごめんなさい。
 両親には午前様は絶対ダメと言われているの。
 子供の教育上良くないといっているけど、理由はもちろん、私の外泊を防ぐためです」
「まぁ、子供が一人できちんとできるようになるまで、母親が外泊したりするのは望ましくないよね。
 しかも、母親が外泊して、何をしているのか、分かるようになったらなったで、いろいろと問題は発生しそうだし」
「そう、外泊は別の教育上の問題になるから」
「優香の精神衛生上は、問題ではなく、プラスだけど」
「それは事実だけど、今はそれを認めるわけにはいかないわ」
「気持ち良かったって?」
「意地悪!」

 播本の困った顔が可愛いと思って、武田はちょこっと意地悪いことを言っては困らせていた。
 播本は擦れている女性ではなく、まだまだ純粋で真っ直ぐな人だった。

「優香」
「哲也さん」
「また会おう」
「はい、また会ってください」
「荷物たくさんだけど」
「いいえ、本当に嬉しいわ。
 息子も飛び上がるくらい喜ぶと思うわ」
「さっき、優香も飛び上がりそうだったよね?」

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「はい!
 地獄から天国に変わったくらいの状況だったから、喜びで飛び上がりそうでした」
「よかった。
 僕は君の喜ぶ顔が見たかったんだ」
「喜ぶ顔も、感じている顔も、でしょ?」
「はい、イっている顔もってことにしようかな」
「もう、意地悪!」
「嫌なら、もうしないよ」
「え、どっち?
 意地悪、それともエッチ?」
「両方」
「そ、それは、困る、というか、意地悪はやめて、エッチはもっとして」
「ふーん、優香はエッチが好きなんだ」
「そんな風に言われると、なんかビッチみたいでいやです。
 アタシは哲也さんとのエッチが好きになったの」

 武田は微笑みながら立ち上がった。クローゼットに行って、ハンガーにきちんとかかっているパルフェージを持ってきた。

「え、いつの間に?」
「そろそろ帰宅の準備をしないと本当に外泊することになっちゃうよ」
「あ、本当だ」

 播本はびっくりしながら、ハンガーを受け取り、バスルームの扉の蝶番に掛けた。
 次に武田はストッキングとワンピースとベルトを持ってきた。こちらもきちんと二つのハンガーに掛かっていた。

「ねぇ、いつそんなことしたの?」

 播本はこのハンガーも受け取り、ワンピースを上の蝶番に掛け、真ん中の蝶番に掛かっていたランジェリーのハンガーはドアノブに移動して、ストッキングとベルトの掛かったハンガーは真ん中の蝶番に掛けた。

「さぁ、優香がイって、気を失っている間、やることがなかったので、部屋の整理をしていたんだ」

 播本はチラチラっと部屋の中の3か所ほどに目を向けた。スリッパは揃っていてベッドの前に並べられている。武田に脱がされて、サイドテーブルに置いてあったはずのランジェリー類はなくなっていて、きちんと目の前のハンガーに掛かっている。

「え、アタシそんなに長く気を失っていたの?
 というか、あんなに何回もイってたら、疲れて寝ちゃうと思うんだけど、普通?」

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「それはそうかもしれないね。
 まぁ、優香がイきやすい体質で今夜は少なくとも十回はイっていることも考慮しないといけないかな?」
「む、意地悪!
 誰がアタシをあんなにイかせたの?」
「誰ですか、あんなに気持ち良くイったのは?」
「アタシ…」
「ほら、それが答えです。
 でも、イって眠っている顔は可愛かったよ」
「意地悪ゥ~」

 唇を尖らせていたが、なぜか嬉しそうな播本はベッドサイドテーブルにあった腕時計を見た。

「哲也さんはここに泊まるのよね?」
「はい、そうします」
「じゃあ、シャワーはアタシ一人ね」
「はい、僕は後で入ります。
 一緒に入ったら、優香は帰れなくなっちゃう可能性があるからね」
「確かに!」

 二人でクククと笑い、播本は爪先立ってバスルームに向かった。

 シャワーから出て、播本はブラジャーを着け、ショーツを履き、ストッキングを履いた。

「そういえばスリップがなかったけど?」
「このワンピース、インナーが入っていて、スリップ代わりになるから、要らないんです」
「ふーん」

 のぞみが必ずブラジャーの上にスリップを着けているのを見ていた武田にしてみたら不思議な光景だったが、そういう服もあるのだろうと新知識をインプットした。

 播本はワンピースを上からすっぽりかぶって、後ろのファスナーを武田にお願いした。武田はズズッとファスナーを上げたが、ホックを留めようとしたところで止められた。

「後ではずすのに時間が掛かるから、いつもは留めないの」
「そうなんだ」

 武田はそう言いながら、播本の「お土産」を確認した。内容としてはほぼ同じだったが、数台の列車が違うため、播本が違う袋を持って帰って、期待した車両が入っていないと息子が悲しむだろうから、一応確認していたのだ。

「播本家はこっちだね」
「ありがとうございます!
 お代金は本当にいいのですか?」
「お土産を渡すのにお金を取る人なんていないでしょ?」

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