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月と六文銭・第十五章(1)

 動くものを狙撃するのは難しい。スピードもあるが、動きが予測できないことも多い。武田の計算能力で動く物体が百分の一秒後、十分の一秒後、一秒後、二秒後、三秒後、五秒後にどこにいるのかが予測できるからこそ、正確に狙撃ができるのだ。
 この特殊な能力が発揮されるのはターゲットが車で移動していて、事故に見せかけて無効化する時だ。

~首都高~

 日本の首都・東京には高架の高速道路がある。首都高速道路と呼ばれる道路網だ。都心を通る部分は環状になっていて、高架になっていたり、トンネルを通ったり、運河の中を走っているような区間が組合わされている。直線部分もあるが、カーブがほとんどで、こうした構造をしているために事故も多い。
 首都高では年間1万件近い事故が発生する(2017年度10,720件)。1日あたり29件以上の事故が発生している計算になる。そのうち雨の日に起こった事故は約2割と言われている。
 自動車事故に見せかけてターゲットを狙撃するなら、雨の日の方が狙撃する側に有利に働くと考えられる。自動車がスリップする可能性が増えるので、運転する側にはあまり好ましい状況ではない。
 雨によって事故現場に残される犯罪の証拠が洗い流される可能性は高まるほか、救急車の到着は遅れるし、警察が駆け付けても現場検証がやりにくい。
 狙撃する側にとって、いいことずくめに見える雨の日だが、そもそもの狙撃の難しさを忘れてはいけない。雨、つまり上から弾丸が真っ直ぐ飛ぶことを邪魔をする水が存在する。変わりやすい風が弾丸を四方八方から邪魔する。湿度が上がることにより、空気の密度が変わり、これまた弾丸が進むのを邪魔する。

アサインメントその1:白いマセラティ

>ターゲットの車:マセラティ・グラントゥーリズモ
 イタリア、マセラティ社製。2007年に登場した2ドア、4人乗りのクーペ。ピニンファリーナ社による流麗なボディと前後重量配分がほぼ50:50という理想的なパッケージング。エンジンはV8DOHC、4744cc、出力は440ps/7000rpm、トルクは50kgfm/4750rpm。5メートル近いサイズからは想像しにくいが、運動性能が非常に高く、名前はGTながら、実際にはスポーツカーといえる性能を誇っていた。

 強請ゆすり、たかりと言うのはいつの時代もある。
 しかし、ネットの時代になって、情報を得るのが楽になったり、得られた情報を現金化しやすくなったりしたことは確かだ。
 民自党副幹事長・柳生やぎゅうたかしのスキャンダルが舞い込んだ西山にしやま卓也たくや、通称「にっしー」、は定期収入先ができたと喜んでいた。
 タレ込みによると、柳生はホテル・オーヤマの最上階の鉄板焼きレストランで女子大生と楽しく食事をした後、就職の相談を受けたので、部屋でしばらく話し込んでいたとするもの。
 柳生は現総理の菱田ひしだ淳一じゅんいちの覚えめでたく、民自党第二派閥・向井派会長・向井むかい俊博としひろの"懐刀"とも言われ、大臣も官房長官も、もしかしたら民自党総裁まで行ける人材と期待されている民自党の若手である。
 政治家側だけでなく、官庁サイドからも政策通として頼りにされている優秀な若手政治家ということだった。
 しかし、その彼が交際クラブで見つけた女子大生と二人きりでホテルの部屋で2時間ほど過ごしたというのだ。
 食事だけならば知り合いの娘さんとの言い訳は通用するだろう。
 民自党の政治家なら、就職の相談だけでなく、口利きも可能だ。それならホテルのラウンジでお願いしてもいいことで、部屋まで行く必要はないだろうと言われてもおかしくない。いや、レストランの個室で相談してもいいはずだ。


 女性側について言えば、女子大生ということで話をマイルドにしているが、実際には交際クラブのクラスAにランクされている女性だ。つまり、交際クラブで見つけたパパからの支援だけで生活している、ほぼプロのパパ活女子のようだ。
 また、交際クラブのクラスAにランクされている女性は、容姿端麗な上、礼儀正しく、学識豊かだ。そして、サポートを受ける代わりに初回の"デート"から"大人の関係=セックス"がOKな女性が入っているカテゴリーだ。ほとんどがスタイリストを着けてプロモーションビデオを撮影し、長期で生活の面倒を見てもらう前提で加入している愛人予備軍のような女性だ。
 クラブによって多少の違いはあるだろうが、おおよそのクラス分けは、A:初めから大人の関係ありき、B:交際していく中で考える、そしてC:無しとなっている。
 18歳から38歳くらいまでの女性が入会している老舗クラブによると、男性はかなり社会ステータスが高い人がほとんどで、金銭的余裕があることと、匿名性を大切にしている人たちだ。
 武田も知人の企業経営者から加入を勧めれていた。「社内の女性と付き合うのなんてリスクが高くて、何かあった時、セクハラとかで訴えられて社会的に抹殺されるぞ」と半ば脅されていた。
 言いたいことはよく分かっていた。自分はまだ独身だから、それほど問題はないが、既婚者だったらこういった需要がかなりあるな、と納得していた。
 しかも、お節介なその経営者は、武田のことを自分が加入している交際クラブの事務局に勝手に話してしまっていたらしい。加入準備が完了したとの確認電話が架かってきた時は、さすがの武田もかなりびっくりしたものだ。


 副幹事長がどこでこの女子大生と知り合ったのかは分からないが、女子大生だったことは確かながら、交際クラブでクラスAだった情報が外に漏れたことが一部の紳士諸君にショックを与えていた。
 交際クラブには情報セキュリティ強化や身辺調査徹底の声が寄せられた。武田は第三者が自分の個人情報を握っていることに耐えられないから、参加することは絶対ないと思っていたが、本当に割り切ってお金ですべてが済むなら、利用したい男性がいくらでもいるだろうことは理解できた。
 知人の企業経営者の懸念は間違っているわけではなく、確かに社内の女性と交際するのは楽ではない、と最近は感じていた。まだ知られていないと思っているが、娘くらいの年齢の女性と一緒にいることが分かれば、ほとんどが妬みだろうが、批判や誹謗中傷、足を引っ張ろうとする勢力がいるのは確かだ。それでなくとも自分は中途入社の外様で、これまでプロパーが独占してきたポストを一つずつ上っていることも妬まれる理由なのだろう。
 それなら恋人・三枝さえぐさのぞみをやめさせて他の会社に勤めさせるか?自分の勝手で彼女の人生を捻じ曲げてはいけないと思っていた。のぞみが転職したいと言い出したら、ツテを活用して、紹介するなど可能だが、今はまだ早いし、自分が転職すれば済む話だ。元々2、3年に一回転職することにしていたので、ちょうどいいかもしれない。


 本題に戻ると、民自党が困っていたのは、にっしーとこの女子大生がグルになって仕組んだことかもしれないという可能性があるものの、それを証明できないことだった。民自党は繋がりが掴めないでいた。

 武田宛に「今週の新商品・新サービス紹介」のメールが届いたのが朝の3時だった。海外発なのでこの時間は仕方がない。毎回タイムリーに起きて見るわけではなかったが、珍しく夜更かししていたところに届いたので、早速開封してみたのだ。
 今回の目玉商品はドバイ行きの片道切符だった。エミレーツで行くドバイの旅、価格25,000円~30,000円、席数が限られているので"早い者勝ち"と赤字で書かれていた。ドバイということは成田空港発か。
 武田の元に届く「今週の新商品・新サービス案内」は本部からの発注書となっている。簡単に言うとアサインメントの一覧なのだ。その一覧の中からアサインメントを選ぶ。これは組織の一員と違い、武田は個別契約社員・業務委託先なので、やりたい仕事を選ぶことができる。
 軍事も一部はそうだが、諜報活動の中の実力行使は外部組織や個人に外注することが、主流となっている。諜報組織は情報を集め、分析することに集中しているわけだ。
 今回選ばなかった案件は次の契約社員にすぐに伝えられ、希望者がいなければ、最後は組織員に割り振られる。
 金額はその国の通貨で表示されているが、実際には米ドルのため、本当の発注額は25,000円ではなく、実際にはUS$25,000だ。
 因みに、エミレーツでドバイに行くには250,000円~かかるだろう。
 詳細は後から別便のメールで届くが、今回の案内で分かることはターゲットが成田(エミレーツ)から海外逃亡を図ろうとしている(片道切符)こと。
 空港内でも都内でもなく、途中の東関道で仕留めた方がいいだろう。車を狙撃して、事故で死亡したことにしてほしいとの意図を感じた武田は車、銃、場所をざっと考えた。いける!
 武田はドバイ行きの旅行を申し込むことにした。すぐに旅行会社から連絡があり、旅行鞄と旅行代金について調整をした。

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