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月と六文銭・第十四章(68)

 工作員・田口たぐち静香しずかは厚生労働省での新薬承認にまつわる自殺や怪死事件を追い、時には生保営業社員の高島たかしまみやこに扮し、米大手製薬会社の営業社員・ネイサン・ウェインスタインに迫っていた。

 田口はウェインスタインの上司・オイダンが同僚を殺害した犯人であることを確認した。本部に報告し、無効化が実行されることを確認した。

~ファラデーの揺り籠~(68)

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 高島はしばらくはターゲット・ウェインスタインに会うことはなく、多分オイダンには二度と会うことがないだろうと思って、田口静香に戻ることにした。その為の着替えや化粧品をジムから回収したのだ。
 ウィッグを取り、ショートヘアに戻した。ウィッグの下にあった耐電磁波素材の髪留めをはずした。コンタクトレンズを取って、別の色の物と入れ替えた。マウスピースを取って本来のシャープな顔に戻した。耐電磁波素材で作ってあるイアリングとネックレスを外した。
 取り敢えず顔は元に戻った。
 鏡で見る自分の顔は正直なところ青白くなっていて、本当に顔色が悪かった。オイダンの運転には問題はなく、本当に具合が悪くなって吐きそうになり、実際に道路わきで吐いたのだ。
 自分の中で紳士でダンディで素敵な中年おじさんのヴィンセント・オイダンがオペレーショナル・パートナーのデイヴィッドを抵抗できないように吊るして窒息死させた犯人と結びつかなかったのだ。冷酷なクソ野郎だったら何とも思わないところ、憧れて、あわよくば夜のお相手をしてほしいくらいに思っていた男性だっただけに、自分の中の感情の処理が上手くいかず、頭よりも先に体が正直な反応を示したようだ。

<あんなに濡れて、抱いてほしかったのに、今は耳からコイツを思いきり押し込んで目が輝きを失い、脳が活動を停止して、呼吸しなくなるのをこの目で見たいなんて…>

 田口はジュエリー入れから取り出したかんざしを指で振り回し、目の前のボディクリームのビンを刺した。簪は真横にではなく、斜め下へと刺さっていた。高島はクリームのビンを押さえてゆっくりと簪を引き抜いた。向こう側の穴からクリームがゆっくり流れ出し、洗面所の棚にクリームが広がっていった。
 全く気にせず、田口は入浴剤を取って、バスタブに湯を入れ始めた。このソムニアは壁類がすべてガラスでできているデザイナーズホテルで、親しい人と一緒ならば良いが、そうでなければ風呂もトイレも全てガラス張りの壁で丸見えだった。

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 男性がベッドサイドにいて、女性がこちら側で"お手洗い"を済まそうと思ったら、かなり恥ずかしい情景となったことは間違いない。田口はトイレの正面にあるガラスを見つめた。ちょうどその向こうにベッドが置いてあって、便器に座ったら、真正面に自分の恥ずかしいところが見える高さにベッドの高さが合っていることに驚いていた。
 いや、裸を見られるのは構わないし、シャワー姿を色っぽく魅せる自信はあったが、排泄行為を見られるのは別問題だった。ミッションで必要がある場合に、アナルセックスをしたこともあるが、出しているところは見せたことはないし、見せたくはないし、見たくもなかった。

<アタシって、案外、ノーマルってこと?>

 いやいや、田口は首を振ってその考えを振り払った。

<ノーマルかアブノーマルかは自分が決めることで、排泄行為は見せないし見たくない。以上!>

 十二時を回った。水曜日になったということだ。既にアセットを起動して、狙撃地点の選定を進めているということだった。私が今夜、あのフェラーリに同乗していたことを知っているのだろうか?
 ああ、素敵な車だったなぁ。速いし、音はいいし、オープンは最高だったな。どうなっちゃうんだろう?無効化ということだったから、交通事故に見せかけてオイダンを入院させることになるよね。

***現在***
 田口は武田を見ながら「今でも一度くらいは抱かれたかったなぁ、と思いましたよ」と耳元に囁いた。
 武田は目の前の田口の乳房に口を寄せ、乳首を口に含んで軽く吸った。
「あん、今はダメ、結構大事なところまで来たんだから」
「これも大事だと思うけど?」
「あん、そうだけど、もうちょっと待ってね」

 田口は武田の頭を撫でたが、彼が自分の乳首を口の中で転がし、乳房を手で包むのを拒否せず、されるがままにまかせた。気持ちがいいことは確かだったが、なるべくスウィッチが入らないように、そう、快感のスウィッチを押されないように、気を付けていた。

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「静香、ソムニアに泊ったことがあるんだね?」
「ええ、ちょっと内装にびっくりしました」
「確かに、すごいデザインの部分があるよね?」
「私はその時一人でしたけど、誰かと一緒だったら、あっちこっちのカーテンやブラインドを下げていたと思います」
「特にトイレエリアとベッドルームの間はね」
「そう、あれはすごかった。正直、汗、汗という感じので他人がいたら冷や汗が出る景色というか、本当に全部丸見えで焦っちゃいました」
「ハハハ、静香でも戸惑うシチュエーションがあるなんてね」
「笑い事じゃないですよ!哲也さんは誰かに大きな用を足している時を見られて平気ですか?」
「平気だよって言ったらどうするんですか?」
「う、やっぱり好きになる人を間違えたと思うしかないです」
「オイダンの方が良かったか?」
「相手の女性が本当に気持ち良さそうだったんですよ」
「さっきのはダメでしたか?」
「さっきのは最高ですよ、もちろん。まぁ、妬かない、妬かない、思い出は美化されるものですから」

***再び回想へ***
 田口はベッドの中でなかなか眠れず、自然と手が股間に伸び、指がショーツの端を潜り、さねをいじり始めた。

<あん、したかったなぁ。ああ、今夜は道具もないし…>

 田口は今夜、何も準備がないことを残念がった。プレジャー・トイは六本木のホテルのあの部屋に置いたままだし、ここに泊まらずに恵比寿のセイフハウスに戻ればよかったかな、と後悔し始めていたところ、はっと思いついたのだ。スマートフォンの画像をプロジェクタ経由で大画面か壁に映し出したら、即席AVシアターになる!我ながらグッド・アイディア!
 田口は起き上がり、ベッドサイドテーブルからスマートフォンを取り、ブルートゥース接続を探して、部屋番号が頭に着いた機器類のリストを見つけた。
 テレビ
 オーディオ
 プロジェクタ

<あった!プロジェクタ、これね>

 田口はプロジェクタの機器番号を選択し、リモコンでプロジェクタを起動した。壁には自分の機器のIDが表示され、接続を許可するかと問われたので、OKをクリックした。壁の青い四角に高島のスマートフォンの画面がそのまま映し出された。

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<よし、あと一歩かな>

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