見出し画像

月と六文銭・第六章(2)

 外車ディーラーのフロア・アテンダントはとてもきれいな人で板垣いたがき陽子ようこはどんな人か興味を持ったようだった…

~超一流モデルの受付嬢~


「すらっとしていてきれいな方ですね。普段はモデルか何かされているの?」
 シロタが離れてから陽子が武田にそっと聞いた。

「今はここの受付とケーブルテレビの競馬番組のMCだけど、数年前はミス・グローバルの国内決勝に残った女性です。今でもインターネットには着物審査や水着審査の写真や映像が残っています」
「へぇ~、すごい人なのね」

 陽子はそういうイベントや大会には興味がなかった。きちんとモデルの勉強をしたことがないというのもあった。楽しくレースクイーンをしたり、モデルをしたりするのが良かったので、大学時代はミス・キャンパスにはなったが、先輩たちがなったみたいに女子アナになる気はなかったし、いわゆる芸能界に入る気はなかったのが本音だった。


 武田は別のことを考えていた。あの大会で、シロタが最終審査で負けたのは胸の大きさだけだったと武田は今でも思っていた。

 着物姿も質疑応答もウォーキングもポージングも誰にも負けていなかったが、入賞した他の女性達はバランスが崩れない範囲で胸が大きかったと言えた。

 スレンダー美人のシロタはBカップ程度で、上半身が貧弱、お尻の大きさが目立ってしまったように感じられた。今でもネットに残っている水着審査の映像を見ると胸を張って堂々と立っているのだが、高低差が小さ過ぎる。ぺったんこに見えてしまう水着の選択が良くなったのかもしれない。

 陽子はE~Fカップで普通のドレスでも胸は存在感があったし、レースクイーンの衣装の時も上手に魅せていた。


 結局、その年のグランプリを取ったのは、大阪府代表のミックスの女性で、ちょっとエキゾチックな顔立ちの〝家事手伝い”の女性だった。

 こういう大会はプロのモデルを嫌う傾向があるため、プロのモデルやテレビタレントでも大会申込み以降は〝家事手伝い”や〝会社事務員”と称しているケースがほとんどだった。もちろん本当に素人なんて一人もいないのが実態だったが…。

 そして、その年グランプリを取った女性に対し、ミックスだと純粋な日本人じゃない、とネットでの批判が決定直後から起こり、大騒ぎになった。

 幸い大会組織委員会は弁解じみた釈明などを出さず、決定を押し通した。代表本人は名指しで中傷される事態に辛い思いをしたはずだが、堂々と本大会に向け出発したのが良かった。

 当時海外にいた武田は、相変わらず国際感覚のない日本人のネットバッシングに呆れていた。組織委員会の決定は正しいと思ったし、そもそもその大会の目的に沿って準備した人が一番良いわけで、審査員でもない人が、やれ〝日本人じゃない”とか、やれ〝美人の基準がおかしい”と騒ぐことこそおかしな話だった。

 そんなに日本人らしい、らしくないと騒ぐのなら、〝純粋な日本人”の定義をした上で、着物美人大会でも開催すればいいのだ。正直なところ、誰もお前らの意見なんか聞いてないよ、というのが海外からの反応だった。

 世界大会に行って勝てる候補を選ぶのがローカル大会の関係者の仕事・役割であって、〝部外者”の意見にいちいち左右されてはいけないのだ。


「カフェオレとアイス・カフェオレです」
 シロタが小さめのお盆にカップとグラスを乗せてきた。
「ありがとうございます」
 陽子はシロタの所作を見て、改めてああいう大会に出ていた人のマナー教育のすごさを確認した。

 武田は聞いてみたいことがあったので、シロタに話しかけた。
「シロタさん、話しかけても大丈夫ですか?」
「はい、今大丈夫です」
「番組のことなんですけど、あの右の、画面に向かって右のオジサンって本当に予想のプロなの?今まで当たったことない気がするんだけど…」
「ははは、すみません、あれは番組内のキャラクターなんです。番組の最後でいつも言うのですが、名倉なくらさんは『競馬日報』と『競馬時報』にきちんと予想を出していて、番組では適当というわけではないのですが、遊び心を多めに出しているんです」
「それでは辛いですよね。私みたいに知らない人は、どうしてこんな人が出ているんだろうって思っちゃう気がします」
「そこは本人も初めは悩んでいたみたいですが、今は吹っ切れて、変な予想とかダジャレとかを楽しんでいます」
「そうなんですか…。僕だったら視聴者の反応が怖くて、とても番組なんて出られないです」
「ケーブルなんで、キー局と同じことをしていたら、視聴率が取れないので…」
「ありがとうございます。ずっと気になっていたので、すっきりしました。ごめんなさい、変なことを聞いて」
「いいえ、番組のホームページへのメールとかもそういう質問が結構あります」


 以前、武田がテレビの経済番組に出て、無理やり予想を言わされそうになって、若干嫌な思いをしたことがあった。それを思い出しながらシロタに聞いてみたのだ。

 勝手な予想というのは言えないもので、個人のレピュテーションにもかかわるし、会社の意見として、ハズれた場合、「あの会社は(予想を)ハズすから」と顧客が離れていったりしたら大問題となる。

 解説はするが、予想・予測の類は絶対口にしてはいけないと気を付けるようにしていたし、基本的にそういった番組の出演依頼は断るようになった。

 武田はテレビに出たり、新聞に出たりすることに、自分しか知らないリスクが伴うことを思い出して、文書やメールでの取材は積極的に受けたものの、顔が出る取材や声が残るようなものは少しづつ減らしていった。

サポート、お願いします。いただきましたサポートは取材のために使用します。記事に反映していきますので、ぜひ!