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月と六文銭・第十六章(23)

 武田は根本的な失陥を抱えていた。"好奇心が旺盛過ぎて"自分を危険な状況に陥れる関係にも平気で突入してしまうのだった。
 武田はリュウ=劉少藩リウションファンと六本木で会う前に少し時間ができたため、久しぶりにディーラーに行って車を見ようと思い立ったのだ。青山のディーラーには、元モデルの美人レセプショニストがいるのも、行ってみようと思った理由だ。

~充満激情~

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 武田はモノレールで浜松町駅まで移動し、都営地下鉄大門駅まで歩いた。天候は良く、気持ちの良い散歩となったが、残念ながら途中でお土産を買うようなお店はなかった。正確に言うと、リュウが喜ぶか分からない和菓子屋が多かったのだ。日本人なら喜んでくれそうだったが、いくら日本贔屓でも台湾人の口に合うのかどうか…。
 ディーラーに着いてすぐに、前回もいたカタオカが迎えてくれた。相変わらずスーツの下のOネックのシャツを突き上げている推定Gカップの胸は健在だった。

「お久しぶりです!
 今日はご試乗ですか、ご商談ですか?」
「いやぁ、ぶらりと伺いました。
 キジマさんは?」
「はい、キジマはただいま会議中でして、あと15分ほどで終了する予定ですが」
「時間はあるので、ゆっくりさせてください」
「はい、では奥のテーブルにご案内させていただきます」
「どうもありがとう」

 武田は前回と同じ席に案内された。前回シロタがしてくれたようにカタオカは飲み物を聞き、下がっていった。前回一緒に来た陽子よりも胸がドンとあるというのがカタオカの印象だった。

「武田様、今確認しましたところ、キジマは来客の予定が入っておりまして、タナダが試乗等の対応を致します。
 こちらがタナダです」

 タナダと紹介された男性はどこかで見たことがあるが、思い出せなかった。

「タナダです、よろしくお願い致します」

 タナダは名刺を武田の前に出した。

 棚田博之
  セールスフロント
   アストンマーティン青山
    (株)AMLジャパン

 武田は名刺を受け取りながら、裏も見た。タナダのメールアドレス、営業所の電話番号、携帯電話番号、そして、日本サイトへのアクセス用QRコードが印刷されていた。

「武田です、宜しくお願いします」
「よろしくお願い致します。
 キジマから話を聞いておりまして、V12をお勧めしたいと思います」
「ほぉ、12気筒ですか。
 試乗車はありますか?」

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 武田はキジマの的確な指示に苦笑いした。前回のV8では満足しなかったためなのか、商談が進まなかったとキジマは思ったわけだ。アストン・マーティンに限らず、今後搭載する車両が減っていく方向にあるV12エンジンを経験してもらいたいのがキジマの意図だった。
 武田もフェラーリ、メルセデス、ランボルギーニがV12型エンジンの製造、搭載を減らしていく方向にあるのを感じていた。一度は経験しておきたいという気持ちがある半面、現在は命を狙われ、海外逃亡をしないといけない可能性もある状況下で、V12搭載車を購入するのはどうなのだろう…。
 このような車を購入したら、国内に留まるというメッセージにはなるだろう。しかし、フェラーリやランボルギーニが似合うようなイケイケな男性ではないし、そんなに若くないし、のぞみはそんな車に乗りたいとは決して言わないだろうと思っていた。
 スタンダードなセダン、スポーティーなクーペ、百歩譲ってポルシェ911が限度だろう。しかも、なんのこだわりかは不明だったが、ホテルに到着した時にスーツで乗り降りしたいと思っていた。
 そういう意味ではアストン・マーティンにスーツで乗り込む、或いは降りてくる007が一つの憧れで、恋人・のぞみが「007の映画に出てくるから欲しいんでしょ?」は正しい判断基準だった。
 まぁ、そういう意味では『トランスポーター』のフランク・マーティンもスーツでBMWのセダンに乗り込むが、武田はジェイスン・ステイサムほどマッチョではない…。

「あら、こんにちは!」

 元ミス・グローバル日本代表候補のシロタがアイスコーヒーをトレイに乗せて、武田のテーブルの右奥にいる客に運んでいく途中、軽く挨拶をしていった。

「こんにちは!」

 武田はあいさつしたが、既にシロタは通り過ぎていた。自分の右耳の後ろで客とシロタが会話しているのが聞こえたが、気にとめることなく、武田は目の前に展示されていたSUVを眺めていた。
 シロタは東北の色白美人の産地として有名な県の代表だった。県の予選会を勝ち上がり、県代表として本戦に出ていた。最終選考でも賞を取ったが、優勝者以外は一般の人に知名度が上がらないため、もしかしたらこの店舗でもシロタの経歴を知らない人がいるかもしれなかった。

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「ご興味はありますか?」

 振り返るとシロタがトレイを左わきの下に入れたまま、武田の右後ろに立っていた。

「どんなお客さんが購入するのか、興味はあります」
「お客様に家族連れが増えましたよ。
 右奥にテーブルを置いて、お子様が塗り絵をできるようにクレヨンと用紙があるんです、今」

 シロタは掌を上にして武田の視線をショールームの右奥へと誘導した。
 武田はポルシェがSUVのカイエンを導入した時のことを思い出していた。家族連れが増え、これまでとは違う顧客層が店舗を訪れるようになり、よく言えば賑やか、悪く言うと店内が騒がしくなった。
 しかし、セダンベースのアストン・マーティンなら元々4人乗りだし、家族連れで来てもおかしくないのに、これまではあまりいなかった。正直なところ、日本でアストン・マーティンを買うような人は、家族連れでは来店しない若年層か、子供を育てあげたシニア層のユーザーがほとんどだった。
 その為、武田みたいな中年層の男性は珍しかった。年齢的にアラフィフ(年齢が50歳前後?)なのに、家族(特に子供)無しだったため目立ったのだ。これでは、店員もすぐに覚えてしまう。

「あ、失礼ですが、今日はお一人なんですね」
「そうなんですよ」
「これから先日のレースクイーンを迎えに行くんですか?」

 武田はシロタが"カマをかけている"のだろうと思ったが、なぜモデルではなくレースクイーンと思ったのかが気になった。

「どうしてレースクイーンと?」
「モデル立ちをされなかったのですが、スタイルが良く、日焼けもされていたので。
 平日の昼間に来店されるということは会社にお勤めの可能性も低く」

 ますます興味が湧いたので、武田は追加で聞いた。

「立ち方が違うんですか?」
「はい、ミスなどを経験されているモデルでしたら、このように立ちます」

 そう言ってシロタは武田の前に歩み出て、上半身と下半身の角度、腰と膝の向き、脚の並べ方、靴の向きまで全てをプロらしく整えて立ってみせた。確かに陽子はそんな風には立たない。人気レースクイーンのシータマもちょっと違う。
 しかし、ニューヨークで会ったスーパーモデル達はそんな立ち方をした。武田は唸った。

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「あ、すみません、先日の方の批判とかではないです。
 武田様が以前お連れした外国人は素晴らしかったです」

 それはそうだろう。元ミス・イスラエルで一応ミス・グローバル世界大会の本戦に出場しているのだから、ポージングは完璧だろうとは思ったが、シロタには言わなかった。

「シロタさんは今、アストンとマセラティにいるんですか?」
「月水がマセラティ世田谷、金曜がこちらです。
 競馬の番組は卒業しまして、現在は火曜に地元の観光名所を案内する番組とマナースクールの講師をしています。
 実際には、番組のロケとか取材があるので、録画された番組が放送されています」

 彼女の写真SNSをフォローしているので、後半は知っていた。車のディーラーの出勤日は分からなかったがこれではっきりした。

「試乗をなさいますか?」
「いや、今日はやめておきます」
「あら、どうしてですか?
 キジマは同乗できませんが、私でよければ」

 武田の眉がピクっと動いた。シロタと試乗とは面白そうだ。

「それなら行こうかな」
「そうしましたら、登録簿に入力してきますね。
 DBXですが、前回のDB11と同じメルセデス製のV8エンジンです」

 前回と同じ試乗コースをシロタと楽しくドライブしたが、今回も何となくしっくりとこなかった。
 シロタは武田がミス・グローバル・ジャパンの審査会場にいたのを知って驚いた。そこまで知られているなら、と車の中限定で裏話を披露した。武田は彼女が別の水着を選択していたらとの"たら・れば"に対し、そういう人が他にもいたみたいで、自分の魅力を自分以上に見てくれている人がいて嬉しかったと話した。
 ただ、過去は変えられないので、今の仕事を一生懸命頑張っているとのことだった。

「これ、良かったら、私の連絡先です」

 降りる直前にシロタはジャケットの内ポケットから名刺大の紙を取り出し、武田に渡した。
 さすがに長い脚の持ち主、SUVを降りる時もサイドステップが必要なく、サッと足を伸ばし、少し位置をずらしたら地面に足が付いた。

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