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月と六文銭・第九章(4)

 日本で初めて成功した地下鉄ジャックで犯人は地下鉄関係者しか知らない国会の地下に向かえと指示していた…

~メトロM線ハイジャック事件~(4)

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「鈴木君、先ほど説明したとおり、丁寧に運転してください」
「分かりました。
 それでは発車します」
 鈴木は駅長に回答し、犯人に向かってやや大きい声で話しかけた。
「要求通り、発車します。
 霞が関の外務省上を過ぎたら右に曲がって、引込線KGD2番線に入ります。
 アップダウンが多いところだからちゃんと掴まっていてください」

 気動車は静かに走り出し、安定してカーブを曲がり、上り坂も軽く超えて行った。気動車のみのため、パワーは有り余るほどあった。だから逆に速度を抑えないと危ないほどになってしまう可能性が高かった。

 犯人は人質を掴んだまま、目の前の窓の向こうに展開する光景を見つめたままだった。

 気動車は軽々と走っていて、運転手はどちらかと言うとブレーキを踏んでいる時間の方が多かった。

 気動車は坂を少し下り、スピードがついたが、上りに変わったところでスピードが少し落ちたが、40を軽く超えていた。外務省上の次は国会議事堂に向け、左に曲がっていくことになるが、右に曲がると国会下の引込線へと進む。

 どうやって犯人がその引込線のことを知り得たかは不明だったが、間違っていないだけに、そんなものはないと言うこともできず、要求通りにするしかなかった。

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 銀座駅には派遣されたのは警視庁警備部警備第一課だった。世間にはSAT(Special Assault Team)として知られるようになった特殊部隊で、ハイジャックなどの事件に出動することとなっていたが、人質などの安全を確保しつつ、被疑者を制圧することが任務とされている部隊だ。

 今回のハイジャック犯は、包丁のような刃物を一つ持った単独犯で、人質も一人、現在地下鉄の車両に乗っているのはこの2人と運転手だけだった。

 目撃者は少ない方がよい。警視庁警備部のチームリーダーはやむを得ない場合は人質に十分を注意をしながら、犯人を狙撃することを許可されていた。

 もちろん人命尊重と背後に犯罪組織などがいた場合には、それを探りたいとの考えもあったため、人質の生命が直接危険に直面した時のみハイジャック犯の射殺もやむなしとの考えだった。

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 駅長からの社内電話で発車許可が出たので、気動車はゆっくりと動き出した。

 ハイジャック犯は車両の壁を背に、人質の女性を抱えたまま、運転手と話していた。
「お前も急ブレーキを掛けたりして、俺のバランスを崩すようなことをするな」と叫んで、運転手に人質の顔が見えるようにした。人質の女性の顔は血の気がなくなっていて、目もうつろだった。

 地下鉄の車両は投石はもちろんのこと、地下トンネル内での跳ね石で窓が割れないよう、ガラスとプラスチックが透明なコーティングシートを挟むように接着されていた。警備部の隊員がそれを割って飛び込むのが難しくなっていた。

 引込線に入り、国会議事堂の下にある今は使用されていない駅のホームに到着し、ドアが開いた瞬間に突入し、犯人を確保するのが一番安全な方法を思われた。

 警備部に課された条件は、今後もこの犯行を模倣した犯罪が繰り返されないように鮮やかに解決することだったが、その場合、ハイジャック犯とは交渉しない、必要が生じた場合は武力をもって問題を解決することに躊躇しない、という姿勢を示すのが一番良いとの結論の下、各人が動き出していた。

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