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東京から静岡への移住日記〈はじめに〉


こんにちは
こんばんは
おはようございます

みなさんいかがお過ごしでしょうか
私はただいま無職中の20代後半の人間です。
ただいまビートルズを聴きながら心を放浪させて過ごしていたところです。
(ビートルズが好きとかは特になく、有名だから、SNSでちらっと出てきたから、これを書く間BGMとして聴いてみるか、と流している感じです)


いきなりですが、
みなさんはストレスを抱えていますか。
私は抱えてます。

いろんなストレスがあって、
いろいろあって、
タイトルにもあるように
居場所を変えて今ここにいる私ですが
一番のストレスは

「私はなんのためにここにいて、
なにを成し遂げたら真の幸福な人生になるのか」
という悩みです。
なんかわかりづらいですよね。
でもこんな感じなんです。

仕事での成長?友達100人できたら幸せ?
料理が上手くなったら?アーティスト活動ができるほど努力してファンができたら幸せ?
とか。

そういうことができて、日々楽しんで生きている人たちをInstagram、Twitter、TikTok、YouTube、いろんなツールで日々目にすることになった今、私のそれってなんだろうって思考彷徨う日々でした。(東京にいたら個性が溢れかえってるから尚更悩んじゃうよね)


でも、私は性格上なのかなんなのか、おそらくそれを成し遂げられてもきっと幸せにはならないと確信めいた気持ちがあって、

「目指せばそうなれるだろうけど、
私はそうならないでいい」って。

きっとそれは私にとって形だけの成功なだけだから、影では不安感が心を襲う日々があるだろうからとかで、それを目指す気分にはなれなくて、けれどかといってなにをしたらいいんだと永遠の悩みの渦の中で過ごしてきました。

そんな私は
仕事を辞めたところで
引っ越してふたりになったところで
渦の中にいることは相も変わらず、
どんな仕事に就いたら自分が求める方向にいける場所としてその時間を使えるのかと、
職選びをせず、日々考えているばかりで、
有給消化の最終日もとうにすぎて
無事無職になりました。
(正確には今日が無職1ヶ月記念日)


そんな私がこれから、
このnoteに移住日記として
これからの日々を記録していこうと思ってるんですが、自分の心にある気持ちとして


「やっとここから私の人生が始まる」
っていう感覚、

「やっとはじまるんだ…」
っていう、うれしい感覚があります。



それが急激な衝動で湧き上がった8月末。

ずっと、ずっと、
「私は私をどう生かすべきか」と。
どう生かすことが真のなにかに影響するのかと考え続けてきた私の人生が
やっと、この歳になってやっと、はじまる。

それだけは確信できる。

私は今ひとりじゃない。
これからを共に過ごしていくことを決めた人が毎日私の隣で無防備でスヤスヤと寝ている。

もし仕事を辞めてもひとりのままだったら、
きっと今からやろうとしてることは行動に移せなかった。
ひとりじゃなくなったからやっとできる。
やっとはじめられることがうれしくて仕方ない。そしてそれを受け止めてくれたことがとてもありがたい。(まだ昨夜、予想外な展開で話したばかりで、これからさらに話していくことになるんだけど)


そして、ずっと得たかったものが今ここにある。
愛する人を愛していくこと。その環境。
一緒に暮らす日々に愛を紡ぐこと。
愛を与えてもいい相手が目の前にいるということ、それってとても尊い。

与えたら毒になる愛もあるなかで、
私は平和に愛を紡いで過ごせる環境を今手にしている。これはとても恵まれてる。

相手が受け取ってくれない人だったり、均衡をどうこう考える人とかだったらきっと成立しない。成立しないって知ってる。自分の愛がその人にとって毒になった経験があるから。


愛することができるって幸せなこと。
パートナーに関わらず、家族、友人、職場の人、これから出会っていくどこかの誰かさん。すべての人。
私は欲張りだから未来の誰かに対しても愛を向けてる。というかどこかしこの人たちもみんな幸せになってほしいって本気で思ってる。しんどいニュースがなくなる世の中になってほしい。(交通事故なんていつ誰の身に起こるかなんてわからないから。日々心配してる。)


そして、ひとりではしてこれなかったことを、これからコツコツと、それでいながらそそくさと、パートナーの協力も得ながら、ふたりの強みを生かしながら、地道に着実に進んでいこうと思ってる。


愛の気持ちを持つ全ての方へ
私の愛の形が届きますように。
それがたくさんの愛を生むきっかけになりますように。
願いも込めて。

みんなが幸せになることを祈って。
みんなみんな幸せに。

人は生まれたら死ぬし、
日々の生活の中に不本意な悲しみは
必ずどこかでやってくるけれど、
その度にその傷を愛で手当てしながら
愛を紡ぎながらまた生きていこう。



私の癖通り、すんばらしく長くなっちゃったけど、これから出会うどこかの誰かさん、よろしくどうぞ。

日々愛を持って微笑んで生きてこ



愛を振りまきたくてしかたない無職の私より


2024.9.1  昼下がりの中

私が生きてることで、誰かの日常にほんのりとしたしあわせの揺らぎができたら。誰かの今を1ミリでもこの世にとどまらせられたら。不幸せな気持ちをすこしだけでも忘れられたら。 そんな気持ちです。気持ちだけで何も出来ないこんな自分のためにも。