〈綺羅星〉セジュロ#0

 この世で最も強い生き物とは何か。酔うた冒険者達が度々口にするこの問いかけに、ある者は奉龍神殿に坐する六色の龍であるという。またある者は無慈悲な〈魔女〉とそれを守る〈騎士〉達であるという。いや龍殺しを成し遂げた冒険者であるとも、あるいは不滅の機工人たちであるともと、それぞれが思い描く最強の存在を口々にあげていく。
 では、この世で最も厄介な生き物とは何だろうか。地を這い毒を持つ大蛇か。群れで獲物を追い立てる魔狼か。はたまた分厚い筋肉により刃を通さぬ大鬼か。様々な生物の名前が挙がるが最終的には概ね一つの答えに辿り着く。即ち、飛竜である。
 その爪は鋼鉄の鎧をも容易く切り裂き。その鱗は生半な刃や魔法を弾き。その息吹は自然の猛威となり容易く他者の命を奪う。そして、何よりも飛竜を脅威たらしめるものがその翼である。
 多くの生物にとって、遙か上空から迫り来る息吹や爪に対抗する手段は限られている。よしんばその攻撃を潜り抜けたとして、圧倒的な体躯を持つ飛竜の鱗を貫き、痛撃を与えることの出来る手段を持つものは少ない。
 冒険者達にとって飛竜とは空を飛ぶ悪夢と言っても過言ではないだろう。そして今、空を飛ぶ悪夢によって壊滅した冒険者の一行があった。

 ヤバいヤバい、ヤバすぎる。ノヴもシンシアもギナも皆死んじまった。
 森の中を俺は殆ど倒れるようにして駈けずり回る。森に入る際は魔獣に騒がれないように可能な限り静かに移動することが鉄則であるが、今はそんなことに気をかけている余裕はない。なにせ飛竜だ。
 ノヴの鎧を切り裂いたあの爪、シンシアの弓を弾いた鱗、魔法を放ったギナは息吹によって魔法ごと吹き飛ばされてしまった。そして何よりあの咆哮だ。あの凄まじい音を聞いた瞬間に俺の中にある生きるという意思がボロボロと崩れてしまったのを感じた。俺がこうして生きながらえ、どうにか生きおうせているのは偶々幸運だったからに過ぎない。偶々俺から離れたところにいるノヴの上に飛竜が降りてきて、仲間が殺される内に弾かれるようにしてその場を後にしたに過ぎない。
 大体飛竜に関わるってのが間違いだったんだ。ノヴの大馬鹿野郎、こんな事になったのはお前のせいだぞ馬鹿野郎死んじまえ! あぁ、あいつはもう死んじまったんだな。と恐怖と混乱でぐちゃぐちゃになった頭で何故こんなことになってしまったのかを思い出す。

 事の始まりは、俺たちが逗留している開拓村から半日もしない場所に飛竜が出たという情報だった。
〈帝国〉で言う開拓村とは慣習的な呼び方で、実際には馬鹿デカい壁で囲まれたそれなりの規模の街だ。街の規模がそれなりなら、逗留する冒険者もそれなりのものになる。運が良ければ単身で飛竜を仕留めるような化け物がいる事もあるし、そうでなくても複数人で連携すれば飛竜を狩れる奴らはそれなりに多い。まぁ、俺達みたいな木っ端は何人束になっても吹き飛ばされて餌になるのが関の山なんだけどな。
 今回は単独でふらりと飛竜を狩れるような化け物どもは居なかったから、中堅どころが何組かあつまって大門の前で待ち構えようって話になってたんだ。それがノヴの野郎、誘き寄せる役目は俺たちに任せて欲しいだなんて大見栄切りやがって……。多少金払いが良くて、名が売れるからって、死んじまったら意味無ェじゃねか馬鹿野郎……。
 森の中を走る。走る。大門まで走ることが出来れば後は他の奴等に任せる事ができる。胸が焼けるように熱い。息を吸っているのか、吐いているのかもう分からない。限界を迎えて止まろうとする足を、死にたくないという意思だけが無理やり動かしている。森を抜ける。大門が視界の彼方に小さく映る。やった、助かる。
 喜びを感じる事ができたのはその一瞬だけだった。絶望を告げる咆哮が上空から轟く。悪夢に追いつかれた。ぽっきりと心が折れ、足がもつれた。走る勢いのまま、地面に身が投げ出される。あぁ、俺はここで死んじまうんだ。地面を転がる痛みを感じながら、その次にやってくる痛みを想像し身をこわばらせる。だがしかし、次の痛みはやってこなかった。
 恐る恐る目を開ける。そこには男がいた。あまり見た事のない細っちい剣を握っている。
「ちょいと聞きてぇんですがよ」
目つきの鋭くギラついた刃物を思わせる凶相の男だった。そしてその脇には、更に恐ろしい飛竜の顔があった。飛竜は、頸が落とされていた。
「飯食えるところ、知らねぇですか」

 この帝国第六開拓村〈ミナヅキ〉での飛竜狩りこそ後に〈魔剣砕き〉、〈異邦人〉、〈斬星剣〉そして〈星見の騎士〉等、様々な名で呼ばれる事になる〈綺羅星〉セジュロについての最も古い記録である。
 

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