奥歯に紙が挟まったような。【短編恋愛小説・1200字】
「好き、です」
「へっ?」
バイトの夜シフト上がり、駅に向かう帰り道の、いつもなら足早に通過する橋の上で。
玲南はついに、バイト仲間の藤代に告白することが出来た……の、だが。
「っ、俺は……ええっと、いや、ちょっと……」
「あ……そっか。やだな、そんな……奥歯に紙が挟まったような言い方、しなくていいって。わかった、から」
ズキリと痛む胸を押さえながら玲南は、わざと明るく言ってみせる。
とにかく。元通りの関係に、戻らなくては。
「は? 『わかった』ってなんだよ」
「や、なかったことにしよう! バイト仲間なのに、困らせちゃって、ごめんなさいでしたー」
「『なかったこと』?! いや困ってねぇし、じゃなくて、」
「よーし、帰ろう! 小腹すいたし!」
「だから、待てって!」
藤代を背にして、数歩踏み出したところで。
玲南は手首をつかまれ、振り返った。
「好きだ、俺も」
藤代の声が。玲南の耳を突き抜け、頭骨を揺らす。
だが、玲南の頭は……『元通り』のほうへ、すっかり舵を切っていたのだ。
「……嘘、だ」
「えっ。なんで、」
「返事、困ってたし」
「いやそれは、先越されて……っ、とにかく! 俺は困ってないし、だから……そういや、なんだよ『奥歯に紙が挟まった』って。なんで、紙?」
「えっ?」
言われた意味が、さらにわからない。玲南の表情を見て藤代が、玲南の手を放してスマホを操作する。画面には『奥歯に物が挟まる』の検索結果があった。
「嘘……どういうこと? だってお母さんが、」
脳裏にパッと浮かんだ記憶を、玲南は思い出すまま口にする。
「……小学校のときの、肉まん。おなかすいてて……あの下にくっついてる紙のこと忘れて食べはじめちゃって、挟まって……お母さんにそれ言ったら『まさに奥歯に紙が挟まったような言い方!』って笑われて……」
「で、そこからそう思い込んでた、って? ハハッ」
紙、じゃなかった……。
玲南は徐々に回りはじめた頭で、自分の発言とさっきまでのやり取りを振り返り、そして。
自分に笑顔を向けているこの男に告白をしたこと、その返事らしき台詞を、改めて思い出した。
「話が、それたけど」
藤代が玲南の頭にポン、と手を置き、言った。
「俺が言ったの、嘘じゃないから。だから『なかったこと』には、ならないよな?」
嘘じゃない。
ということは、つまり。
……だけど。
だけどだけど、だけど!
「っ、もう! 話そらしたの、藤代じゃん! 間違ってるって、いま言わなくってもよかった!」
羞恥心と腹立たしさが突沸し早足で歩き出した玲南を、藤代がなだめながら追う。コンビニ前の交差点でやっと機嫌を直した玲南に、藤代がコンビニの肉まんを買ってきて、二人はそろって吹き出した。
玲南が食べる前にそうっと肉まんの紙を剥がすと、藤代もそれを真似る。肉まんを頬張った二人は沈黙し、ようやく……この幸福な事態を噛みしめることが出来たのだった。
了
※※ 線上まで・1198字 ※※
(総文字数1210字・ルビ装飾に12字を使用)
奥歯に紙が挟まったような。
【2024.10.10.】up.
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