09 国境の島のどんぐりちゃん
上に挙げた写真の寿司屋。どこにあるのか、おわかりだろうか?
答えは「対馬」。長崎県に属する島で、韓国と九州の間に横たわる玄界灘の、ちょうど真ん中あたりにある。博多港からジェットフォイルに乗り、波に揺られること2時間45分で、対馬の厳原(いずはら)港に着く。船を降り、港から街に入るといきなりこの店があってズッコケた。
港町どころか四方を海に囲まれているのだから、新鮮な魚なんていくらでも捕れるはず。何も江戸前をアピールしなくても良さそうなのにねえ。
対馬に行ったのは、いまから11年前。あるものを取材するために、この国境の島を訪れた。
対馬には数々の郷土料理がある。対州そば、石焼き、穴子料理、ろくべえ……。なかでも注目すべきは「とんちゃん」で、ぼくの取材の目的も、このとんちゃんを見つけて実食してみることだった。
事前にネットで調べたとき、「対馬 名物」で検索するとこのとんちゃんが筆頭に出てくるので、現地に行けばあちこちの店で食べられるものだとばかり思っていた。「対馬のソウルフード」とすら書かれている。
ところが、いざ対馬に上陸し、街中を散々歩き回ってもそれを食わせる店が一軒も見つからない。こりゃどういうことだ!
いちおう、上記したような他の料理は見つかったので、それを食べて写真で記録することはできたが、肝心のとんちゃんを食べられなければ、はるばる対馬まで来た意味がない。
どうにかならないものかと厳原の町をさまよっているうち、一軒の店が目についた。そこは「どんぐり」という韓国料理の店。そういえば、とんちゃんは韓国から伝わった肉料理だそうだから、この店なら食べさせてくれるかもしれない。店内の様子は見えないが、思い切ってドアを開けた。
店内では女将さんが支度中で、カウンターではそのご主人が晩酌を始めていた。事情を話してとんちゃんのことを聞いてみると、うちではやってないと言う。やはりここもダメか……。
そう思ったとき、店の奥から20代半ばくらいのお嬢さんが出てきた。仮に名前を「どんぐりちゃん」とする。この子がとても親切な娘で、とんちゃんを食べさせてくれそうな店を一緒に探してくれると言うのだ。なにこの出会い? ちょっとキュンとした。
結論を先に言えば、彼女と一緒に知り合いの店を数軒回ったのだが、やはりとんちゃんを食べさせてくれる店はなかった。この取材は失敗に終わったかと肩を落として、どんぐりちゃんと店に戻る。すると、待っていた女将さんが「だいたいの作り方はわかるから作ってやる」と言うではないか!
ようやくありつけたとんちゃん。なんと言うのかな、甘辛い味付けの焼肉だったな。ずば抜けてうまいというわけでもないが、ぼくは好きな味だ。人の親切がスパイスになって、忘れられない味になった。
その後、ご主人と一緒にしこたま飲んですっかり意気投合。「毎朝、犬の散歩をしてるから、明日は島の見学ついでにご一緒しませんか?」と誘われた。もちろん行くに決まってる。
翌朝の散歩の楽しかったこと! 初めて訪れた島。早朝に犬を連れて飲み屋のパパさんと散歩する。見るものがすべて新鮮。家(店)にもどれば優しくて可愛いお嬢さんがいる。妻と子を捨て、このままこの島で暮らすのもいいなあ……と、ほんの一瞬だけ夢想した。
あとでどんぐりちゃんから教えてもらったことをまとめると、対馬のとんちゃんは「豚の肩ロースを韓国風のタレに漬け込んだ焼肉」で、「対馬の名物料理のひとつではある」が、「韓国からカミ(対馬の北部)に伝わった料理」なので、「南部にある厳原地区の人は食べないもの」なんだそうだ。
そうか、対馬のソウルフードって、そういう意味だったのかあ。
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