006上野の安心酒場で風景になる

06 上野の安心酒場で風景になる

仕事が終わって、どこかでちょっと立ち呑みをしていきたい。新橋か、浅草か、吉祥寺か。新橋の店は狭いから今日は入れない可能性があるな。浅草のあの店はこの時間になるとイヤな常連客が来ているはず。吉祥寺は……いまから行くにはちょっと遠いか。

記憶にある渋い立ち飲み屋を脳内でひと通り検索するが、どうにもピンとこない。そんなときにえいやっと選んで絶対に後悔しない、とっておきの街がある。それが上野だ。

上野から御徒町にかけて、JRのガード下にアメカジ屋がひしめく一角がある。その通りの東側エリアには、昼から飲める店が集中している。メンチがうまい「肉の大山」、もつ焼きの名店「大統領」、立ち飲みでにぎわう「カドクラ」……。

どの店で飲むかは、そのときの人数や気分によって使い分けるが、ぼくがもっとも安心できるのは、とくに名を秘す立ち飲み酒場の「T」だ。そこは上野界隈に本店、2号店、3号店と3カ所ある。チェーン店なんだからどこも同じだろうと思ったら、大間違いだ。

もっとも頻繁に利用するのは2号店。ここがいちばん狭い。10人も入れば一杯になってしまうだろう。軽く閉所恐怖症の気があるぼくは、狭い店ってのはちょっと苦手なんだが、共に昼酒を愛する酒友のキンちゃん(※初登場)が、この2号店を根城にしているので、つい、ぼくも顔を出す。

ふたりしてカウンターに並び、昼間っからグラス片手にクルマだのロックンロールだのアメカジだの、ときには世界情勢についてだの、酒でふやけたアタマで語り合う。とても安心できるひとときだ。2号店とはそういう場所。

3号店もたまに行く。ここは2号店よりもう少し広い。でかい壁掛けテレビがあるので、野球中継なんかを見るにはいいのだが、午後の早い時間はずっと下衆な情報バラエティばかりかかっていてやるせない。

この3号店は店内が広いせいもあって、いつ行っても間違いなく入れる。店内をぐるりと囲むカウンターと、フロアには大きな樽を利用したテーブルが3つか4つ。広いうえに、そもそも椅子というものがないので、満席になることがない。混んできたら詰めればナンボでも入れる。それも立ち飲みのいいところだ。

本店に行く機会はそう多くないが、実はそこがいちばん好きだったりもする。本店は3号店を倍にしたくらいの広さがあって、店に集まる客の数も店員さんの数も断然多い。朝7時からオープンという狂った営業方針で、台東区界隈に棲息する酒虫たちが朝っぱらから続々と集まってくる。なんでか知らんが、キンちゃんはここには来ない。

孤独なひとり酒を愛するぼくが、なぜこれほど賑やかな本店を好むのか?

それは賑やかだからである。

矛盾しているようだが、ぼくの心の中では矛盾していない。小説家チェスタトンは作中の人物にこう言わせた。「賢い人は葉をどこへ隠す? 森の中だ」と。

「T」の本店には、ひとり酒を愛する酔っぱらいが枯れ葉のように集まってくる。あちらに一枚、こちらに一枚。葉と葉が折り重なって、紅葉の森を形成する。その中に混ざって飲んでいる自分は枯れ葉の一枚だ。もしくは枯葉に群がる酒の虫だ。まわりが賑やかだからこそ、その喧騒に紛れるひとりは目立たなくなる。つまり、酒場の景色の一部になるということ。その気持ちよさは、どんな酒の酩酊感よりも心地がいい。

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とみさわ昭仁
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