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13 カラシで飲む

気がつけば、ずいぶんと新幹線に乗っていない。2020年の初頭に突如として蔓延し始めた新型コロナウィルスによる感染症のせいで、遠距離への旅行がはばかられるようになったからだ。まあ、ここではそのことを深追いせずにおこう。

新幹線に限らず、長距離列車に乗ったときの最大のお楽しみといえば、もちろん駅弁だ。車窓に流れる風景を眺めながら、弁当のおかずを肴にしてちびちび酒を飲む旅は、他に代え難いものがある。

そこで問題となるのは、どんな弁当を買うか、だ。

ぼくはかなりの確率で深川めしを買うのだが、今回、取り上げたいのはそれじゃない。マイ2番手弁当オブ・ザ・イヤーの、崎陽軒「シウマイ弁当」である。

いまさら言うまでもないことだが、シウマイ弁当はいいぞー。食事としても十分にコスパの高い弁当ではあるが、ぼくみたいな酔っ払いにとって、シウマイ弁当は酒の肴としても、最高のパフォーマンスを発揮してくれるのだ。

まず、蓋を開けると、上半分がおかずエリア。下半分がめしエリアとなっている。この安定感。おもわず「よしっ」と声が出る。

ここから普通に弁当を食うだけなら、めしとおかずの配分を気にしながら交互に食べ進んでいけばよい。だが、ぼくは酔っ払いなのだ。酒の席にめしなど置くな! とは言わないが、やはりもうちょっとご飯は遠慮しておいてよ、という気分はある。だから、できるだけ「酒 対 肴」という構図は維持しておきたい。

まず、シウマイ弁当の要素を分析しておこう。

上半分のおかずエリアで、左肩の三角コーナーにあるのが切り昆布の佃煮と紅生姜。もちろんメインは昔ながらのシウマイが5個。さらに、鶏の唐揚げがひとつ、卵焼き、かまぼこ、マグロの照り焼きと、どれも主役を張れそうなおかずが続く。そこへ追い打ちをかけるように筍の煮物があり、さらに杏(あんず)が一切れ入っている。

下半分はめしゾーンである。茶碗一杯分ほどの白米が、俵形に8等分されている。その頂上には黒ゴマがまぶしてある。そして、めしの中央に鎮座するのは小梅。

ここで注意してほしい。一見、上半分のおかず地区と下半分のめし地区は面積的に均等だが、めしの上に乗った黒ゴマと小梅太夫は、おかずと捉えることも可能なのである。つまりおかず軍がめし軍へと静かに侵攻しているのだ、チクショー!

だが、この越境は酒飲みにとっては有利に働く。シウマイ弁当が全体的に酒の肴としても優秀に感じられるのは、この黒ゴマと小梅の力だと言っても過言ではない。

ところで、シウマイ弁当の主役はやはりシウマイ。ここでシウマイの数がぼくは気にかかる。シウマイが5つ、めしの俵が8つ。どうにも配分が悪いのだ。

シウマイとめしの数がイコールなら、交互に食べていけばいい。だが、さすがにシウマイ8個は多すぎる。他のおかずを食う暇がなくなってしまう。かといって、シウマイが4個では物足らない。結局、そのアンバランスさを他のおかずで調節しながら食べていくことになるわけだ。

まずは付属の醤油の蓋を開け、シウマイの頭にちょん、ちょん、ちょんと垂らしていく。そしておもむろにシウマイをひとつ、口の中へポイ! ……というのがぼくは出来ない。貧乏性なので、半分だけかじる。そこでぐいっとビールを飲む。切り昆布を一切れつまんで、めしを食う。かまぼこをかじって、半欠けのシウマイを口に入れ、まためしを食う。ビールをまたひと口飲んで、次は……と何をつまむか迷う心で箸が泳ぐ。この時間が最高に幸せなのだ。あとは、これをひたすら繰り返す。

ところで、ぼくがいつも対応に困るのが、サイコロ状の筍煮だ。食べた人ならわかると思うが、これ甘いんだよね。

杏は、最初からデザートとして存在していることがわかる。だが、筍煮はどうなのか。これで飲める人いるのかなあ。ぼくはダメ。甘いものはつまみにならない。だから最後まで残しておく。本当は杏もいらないんだけど、ひと通り弁当を食べ終わったあとに、杏と筍煮をデザートとして一気に食べて、なかったことにしちゃう。

で、これでおしまいかというと、そんなことはない。酔っぱらいの旅はまだ終わらない。ここに至るまでに、ぼくはシウマイにカラシをつけなかった。なぜなら、弁当を食べたあとに「カラシで飲むから」だ。

飲み終えたビールの缶を捨て、次はワンカップを開ける。空になった弁当箱の底に付属のカラシをついーっとひねり出し、それを箸先でつつきながら飲むのである。

ビヤホールなんかでソーセージの盛り合わせを頼むと、皿の脇に粒マスタードが盛ってあるでしょう? あれっていいつまみになるんだよね。ソーセージがなくなると店員さんはすぐに皿を下げに来るけど、ぼくは残ったマスタードで飲みたい。でも、そんなことを言うのは貧乏くさい。だから、いつもソーセージを半分だけ残しておくんだ。そうすれば皿を下げられないから。いじましくって涙が出るぜ。

最初は、そんなこと粒マスタードくらいでしかやらなかった。だけど、いつのまにかシウマイ弁当の洋カラシでも飲めるようになってしまった。我ながらすごい環境適応力である。

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