19 はじめての酒の味
これまで飲んできた中で最高においしかった酒は何か? と訊かれたら、即座に「今夜飲む酒さ」と答えたい。だけど、そんなカッコいいセリフが似合う柄でもない。最高においしかったというわけではないが、最高に思い出深いのは、生まれてはじめて飲んだ酒の味だ。
ぼくは墨田区で生まれ、中学を卒業するまで父母と姉の4人で両国の小さなマンションに住んでいた。部屋は姉と共同。ところが、ぼくが高校に進学するタイミングで両親が千葉県の松戸に家を建てた。庭付きの一戸建てだ。生まれ故郷を離れるのは寂しかったけれど、念願の自分の部屋がもらえるのは嬉しかった。
地ならしをして、土台を固め、柱を立て、棟や梁を組んでいく。日曜日のたびに家族みんなで現地に行っては、そんな様子を見学していた。
ある程度の基本構造ができたら、棟木を上げる。その際に行われるのが建前(たてまえ)という儀式だ。地域や宗教によっては棟上げ(むねあげ)、建舞(たてまい)などとも言う。具体的にどんなことをやったかは、もう40年以上も前のことなので覚えていないが、最後にみんなで酒を飲んだ。
庭の隅に積んである角材をテーブル代わりに、親父が大工さんたちに一升瓶から酒を注いでまわった。親父自身も手酌で注いでゴブゴブ飲んでいた。うちのとーちゃん酒豪だったから。
高校生になったばかりのぼくと、2歳上の姉はジュースを飲んでいたが、酔った親父が「あきひとも飲むか?」とすすめてきたので、遠慮せずにもらった。親父は自分が酒好きなもんだから、他者に対する飲酒のルールもゆるゆるだったのだ。
初めて飲む茶碗半分の酒は、喉の奥にツンときて、うまいんだかまずいんだかよくわからなかったが、きっと親父にとって今日の酒は生涯最高の味なんだろうなあ、とは思った。
日本酒を飲んだのはこの日が最初だったが、まあ、そういうような親父なので、以前から晩酌のときのビールをちょっとくれたりしていた。ビールの苦さで息子が目を白黒させるのを見ておもしろがっていたのだ。その気持ちはよくわかる。
その後も、若い時分にはアルコールにまつわるアレコレがをやらかしたけれど、それは書かないでおこう。とりあえず湯船いっぱいくらいはゲロを吐いてきた、ということで。
いま自分が親になって、さすがに中学生(※本稿執筆時)の娘に酒をすすめるようなことはしない。けれど、高校、大学と進学していくうちに、新歓コンパなんかでつまらない酒の飲み方を覚えてしまうかもしれない。
それだけは避けたいので、家訓として「成人するまでは一滴も飲んではならぬ」と厳命しておこう。そして二十歳の誕生日が来たら、お父さんが最高の酒場に連れていってやろう。正しい酒の飲み方を教えてやろう。変な色のサワーをイッキしてはしゃぐ学生たちがバカに見えるような飲み方を。