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41 サカバのコトバ

酒場に限った話ではないが、飲食店でひと通り食事を済ませ、金を払う段になって「お愛想!」と言う客は、思いのほか多い。こうした店側の符牒を客が使っているのを聞くと、なんともケツのあたりがムズ痒くなってしまう。

そこは「お勘定して!」でよくない? あるいは「お会計」でもいいよね。それで何も問題ないと思うのだけど、なぜか人は「お愛想」と言ってしまう。

これを「通ぶっている」という見方もあるだろうし、最初は実際に通を気取りたい人たちが使っていて、それをみんなが無意識に真似することで一般化してきたのかもしれないが、おそらく、いま飲食店で「お愛想」と言っている客の大半は、そんなつもりではないのだろう。あたりまえの言葉として、使っているに違いない。

こうした現象は、寿司屋に行くとよく観測できる。

まず、箸のことを「お手元」と呼ぶ客。茶のことを「上がり」と言い、塩を「浪の花」と言う。ツメ(アナゴなどに塗るタレ)やガリ(生姜)は、他に言いようもないのでぼくも使うが、以前、上野の寿司屋でとなりの若い男性客が「ムラサキください」と言うのを耳にしたときは、飲んでるお茶を噴射しそうになった。

客ばかりではない。店員さんの側にも、おかしな言葉を使うのがいる。

よく指摘されるのが「から」と「ほう」。会計の際にお札を出すと、すかさず「お支払いは5,000円からでよろしかったですか?」と言われてしまう。なぜ「5,000円お預かりします」と言わないのか。なぜ過去形なのか。

釣り銭を返してよこす際には、「お釣りのほう1,260円になります」とくる。どの方から何になるというのか。

いちばん気になっているのは、注文をしようと店員さんを呼び止めたときの対応だ。忙しそうに立ち働いている店員さんは、ぼくの経験上、かなりの確率で「ちょっとお待ちくださーい」と言って、去っていく。もちろん、用事を済ませてからちゃんと注文をとりに来てくれるから文句はないのだが、その言葉に引っかかる。

「ちょっと待ってください」だと、客の頼みを跳ね返したことになってしまうのだ。ぼくはそんなことで怒ったりしないが、それで激高している客を見たことがある(という書き方をすると「それ、実際にはお前さんのことなんでしょ?」と思われてしまったりするのだが、本当のことなので素直に信じたまえ)。

忙しくて客の注文をその場で訊けないときは、「はい、すぐにお伺いします!」と言ってくれればいいのだ。結果的に「すぐ」でなくてもいい。たとえそれから5分待たされても、ずいぶん印象が変わる。

ただし、元気に「すぐにお伺いします!」と言ってくれたのに、そのままこっちのことを忘れていつまでたっても来なくなるのはカンベンしてほしい。こっちはいいよ。溶けた氷でうすーくなった酎ハイを啜りながら、食べ終えたウインナー炒めの皿の端に残った粒マスタードを舐めて時間を潰すだけだから。でも、それじゃあ店の売上げがあがんないでしょうが。

そんなときでもぼくは怒ったりせず、再び通りかかった店員さんをそっと呼び止め、「注文していい?」と囁く。たいていは「あっ!」と気がついてくれる。それでもまた「ちょっとお待ちを!」なんて言われたら、レジに向かって勘定をし、その店にはもう来ない。

客が偉いわけでも、店が偉いわけでもない。お互いがお互いの立場をわきまえて、うまい酒を飲みたいもんですな。

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