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08 上野の路上に燃える赤富士

上野は昼飲みの街だ。いや、昼から飲めるどころか、朝9時からやっている店もあり、24時間営業の店さえある。ぼくが相棒のキンちゃんと度々利用している「新八」という店も、24時間営業で酒を提供している。

新八──ぼくらは「スンパツ」と呼んでる──は、店の外壁に大きな赤富士が描かれている。

以前紹介した浅草の喜美松のように、店の面構えがいいところは多いが、店の前面に絵が描いてある店はそう多くはない。新八の赤富士は、その迫力といい、富士山というモチーフといい、まるで銭湯の壁画のようだ。山頂の背後にはカラフルな後光が射している。手間に描かれた松もいい。

新八にはけっこう長く通っているが、外壁に描かれていることに気づいたのは、わりと最近のことだ。考えてみてほしい。この店に向かって歩道を歩いてきて、玄関から店内に入るとき、わざわざ頭上を見上げたりはしない。仮に見上げたとしても、営業中はベージュのテントが張り出されているので、絵は客の視界に入らない。だから、店の常連でもこの絵の存在に気づいている客は案外と少ないのではないか。

ぼくも、通い始めてしばらくは気がつかなかった。だが、あるとき反対側の歩道を歩いていて、ふと店の方を見たらいきなりこの絵が目に飛び込んできたのだ。

銭湯の壁画というのはとても風情のあるものだが、湯船に使ってゆっくり眺めるのには向いていない。位置が近すぎるのだ。たいていの客は、壁画に背を向けてお湯に浸かることになってしまう。眺めるとすれば、洗い場で体を洗いながらチラと横目で見るか、湯上りに脱衣所で牛乳でも飲みながらガラス戸越しに見るのがせいぜいだろう。

同じことが、新八の赤富士でも起こる。

ぼくはこの赤富士を眺めながら酒を飲みたいのだが、新八で飲むということは、その店の中に入ってしまうことになるわけで、当然のことながら外の赤富士は見ることができない。店内には赤富士など描かれていないのだ。店長に頼んでも見せてもらえるのは、会社(つぼ八グループ)の社員懇親会で撮った白鵬関との記念写真くらいのものだ。

なんとかして、この赤富士を眺めながら飲む方法はないだろうか?

実はひとつだけあるのである。新八と道路を挟んで斜向かいに「のんちゃん」という居酒屋があるが、ここは店の外の歩道にテーブル席を出している。そこに陣取って飲みながらちょっと振り返ると、新八の赤富士が程よい距離に見えるのだ。

お金は別の店に落としておいて、新八の壁画だけを無料で楽しませてもらうのはちょいと申し訳ない気持ちになるが、まあ普段は新八でも飲んでいるのだから許してほしい。借景で失敬。

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