お兄ちゃんの裁縫箱

ふたつ上に兄がいる。

兄が小学4年生になるときだったか、家庭科で裁縫箱が必要になった。母が洋裁学校を出た人で、裁縫道具がひと通り揃っていたので、学校指定の物を買わず、お菓子の缶に絵の具を塗ったりシールを貼って、母と兄がオリジナルの裁縫箱を作った。その制作風景を私はずっと横で見ていた。

2年後、私も裁縫箱が必要になった。私は母にどうしても学校指定の裁縫箱が欲しいとねだった。みんなとおんなじものが欲しかった。

たぶんいろいろ理由はあって、家が自営業で、父がみんなのお父さんみたいにサラリーマンじゃないこと。家族が多くて最大11人と犬3匹が一つ屋根の下に暮らしていたこと。など他人と自分の違いを気にしている年頃だったかもしれない。

母は自分のパート代を捻出して新しい裁縫箱を買ってくれた。そして念願のみんなと同じ新品の裁縫箱を手にしたとき、私は少し虚しかった。何が欲しかったんだろって。

途端にお兄ちゃんの裁縫箱が羨ましく思えてきた。正確には、みんなと違う手作りの裁縫箱を持っていられる兄が羨ましかった。無頓着と言えばそれまでだけど、兄は他人の目とか人の意見にあまり左右されることのない人なんだろうなと思った。

今も時々お兄ちゃんの裁縫箱を思い出す。人はみんな違うのに、違うことが恥ずかしかったときの苦々しい自分のこと。私は私。人の意見、世間の目、無頓着で結構、コケコッコウ。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?