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ご褒美は、パインアメ。

環境を変えること。変化を恐れないこと。いくつになってもひるまずにいたいけど、凡人にはたやすいことではない。

それまで見聞きしてきたこと、やってきたこと。空気を吸うように重ねた無意識の経験が、ちゃぶ台をひっくり返されたように全部イチからやり直し。これは歳をとればとるほど、なかなかに大変でしんどい作業だ。

リストラ宣告されて1年、転職して半年が過ぎた。

「そんなこと」への戸惑い

これまで渡り歩いた職場はどこも自分が最年少だった。父の年齢に近いオジサン上司に使われるだけじゃなく、こちらもうまいこと使って転がして(言い方)仕事を進めることが唯一の特技だった(真面目な話すると、ひとりで全部やろうとしてぶっ倒れた経験から、人に頼る、お願いすることを覚えた。そうした方が結果的に迷惑かける量は減らせるし、締切も守れる)。

今の会社は年上の社員さんの方が少ない。転がせそうなオジサンもいない(言い方)。そもそも直属の上司が年下だ。この半年見てきて丁寧で的確な仕事っぷりに、ずっと雑用・下働きを主戦場としてきた己のスキルのなさを思い、日々、自己肯定感をバキバキにされている。でもこれも経験、勉強の機会を得たのだとなんとか前向きに考えるようにしている。

何より圧倒的に会社の規模がデカい。両手で足りるほどの人しかおらず、顔と名前を覚えるのが苦手なわたしでも半月通えば覚えられたこれまでの職場と違い、関わらない人がほとんどの現職場は、顔も名前もわからない人がまだたくさんいる。

とにかく人が多い、それも若い人が。それが今までとは違いすぎる環境で未だに慣れない。歳をとっていくのだから自分より若い人が増えるのは当然なんだけど、空気感というかテンションというか、ここまで一気に変わると異国に来たような感覚だ。活気があるととらえたいけど、ただただ騒がしく落ち着かない。

そして、「そんなこと」を思っているのは自分だけであろうということと、「そんなこと」で所在ない気持ちになってしまう自分に戸惑い、いつになったらなんとも思わなくなるのかと、半年過ぎてもまだ「そんなこと」に引っ掛かっていて、いつもどこかにモヤモヤしたものを抱えて過ごしている。

最初の2か月くらいがかなりきつかった。一気に食欲がなくなり、お昼もおにぎり1個とか、パン1個とかを時間いっぱいかけて食べていた。夜も睡眠が細切れでほとんど寝られなかった。いつでもどこでもわりとすぐ寝落ちてしまう体質だったのに。初めて寝られない人の辛さがわかった。

その頃に比べれば今は体調も戻って、食欲もモリモリだけど、相変わらず所在ない感じは拭えない。早く退勤時刻にならないかとラスト1時間くらいは何度もパソコンの時計表示を確認してしまう。今のところ残業するほどの仕事量ではないし、残ってほしい時は前もって伝えるのでと言われているので、定時になったら遠慮なく一目散に部屋を出る。ちゃんとお時給の分は働いたからいいんだと心の背中をさすりながら。

翌朝出勤してメールチェックすると、前日帰宅後に上司が取引先に送ったメール(CCで受信)の送信時間にギョッとする。それもまた所在ない感じを受けてしまう要因になっている気がしなくもない。

仕事(業務)自体は自分に合っていると思うからこそ、あとはこの環境(場所)に慣れたいなぁと思いつつ、「合わんなぁ~しんどいなぁ~家でやれたらいいのになぁ~」とお手洗いでため息をつき、お昼休みは求人サイトを眺めて過ごす。ここではないどこかに行きたい、その一心で。

比べることほど意味がないことはわかっているけど、ひっくり返されたちゃぶ台を少しずつ整えながら、「普通って、なんやろうな」と考えてしまう。当然答えはない。

魔法の言葉とお守りと

毎朝、我が家では朝ご飯の後に号令がかかる。

両親への「薬飲んだか?」と、わたしへの「飴ちゃん持ったか?」だ。

関西のおばちゃん、いつでも飴ちゃん持ってる説じゃないけど、オカンは出かける時に自分はもちろん、わたしにも飴ちゃんを持たせようとする。

半年前の朝も、キッチンの棚にある瓶から飴ちゃん2~3粒を取り出して「ほい」と渡してきた。

初出勤で人の多さと若さに圧倒され、これからやっていけんのかな……と思いながら退勤し、会社のビルを出たところで、ポケットに入れていた飴ちゃんを思い出した。

駅へ向かいながらひと粒口に放り込んだ。甘い香りが「おつかれさま~」と広がっていく。なんだか心底ほっとした。とりあえず今日はこれで解放されると、その甘さが教えてくれた。

それから毎朝、ポケットに飴ちゃんを忍ばせて出勤し、退勤後にひと粒食べるのがルーティーンになった。

初日にポケットに入っていたのがパインアメだったので、ストックが切れない限りはパインアメがスタメンになっている。時々違う飴ちゃんしかない時もあって、まぁないよりはいいかと思いながらも、ちょっとやっぱり物足りない。仕事終わりの「甘やかし」にはパインアメの甘さが自分にはちょうどいい。

なんと言っても昨年優勝したあのチームの監督がご贔屓にしていた飴ちゃんだ。単純に縁起が良い。もう縁起担ぎでもしなくちゃやってられない。

というのも、健康状態を理由に見習い(派遣)期間が延長になった。今より仕事量増やして残業させられる感じではないと見られたのか。がっかりしたけど、どこかホッとした。あの環境でガツガツやっていける覚悟も自信も持ててない。

でも半年なんとか頑張れたので、あともう半年は頑張ろうというのが今の目標。一年頑張って、それでもダメだったらその時考えればいい。そう思うことで目の前のことに集中する。いつの日か今日の答え合わせをした時にOKをあげられるように。思えばこれまでずっとそうやって生きてきた。社会に出てから今日まで続く雑用と下働きの日々に、わたしはNGを出したくない。

リストラされた時も、再就職したのに上手くまわらない今も、「まぁ家はあるから、なんとかなるやろ」というのがオカンの常套句だ。この歳になっても親にそんなことを言わせてしまい情けないけど、もう全部ありがたく受け取ることにしている。

数年先の目標とか面接でよく聞かれたけど、この歳になると自分も周りもいろいろある。正直言って「健康で、生きていたい。」というのが本心だ。

心身ともに健やかに働く。それが最大の目標であり、唯一の願いでもある。

この先どうなるかわからないけど、今できることをやりきった先にしか未来の選択肢はない、それだけはわかる。人生甘くはないとは言うけれど、ここまでなかなか結構ほろ苦い。それだけに退勤後のパインアメは沁みる。沁みた分だけ今日も頑張ったなと思える。そんなルーティーンを繰り返して半年後、今日を笑い飛ばしていられるように。明日もポケットにパインアメを忍ばせて、異国の地へ赴く。18時33分のご褒美を目指して。

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