75分の一筆書きで魅せる世界「滑走屋」
思いもよらぬことはいつも突然、目の前にあらわれる。いいこともそうでないことも。その瞬間が訪れた時どうするか、瞬発力を試されるように。
指折り数えて楽しみにしていたアイスショーの公演2週間前、携帯・スマホに限って撮影OKの号令がかかった。
iPhoneSE第2世代を使って4年目。バッテリーのもちが悪くなって、今年あたり機種変せなあかんかもなぁと思っていたところにこのニュース速報。脳内で「今でしょ!」と叫ぶ声がした。その日の夜から毎夜バックアップをとり、その週末(公演1週間前)に駆け込んだ店舗で在庫限りのiPhone14に機種変した。こういう時の決断と行動だけは早い。
そして公演前夜、ツイッターに流れてきた一枚の写真にあわただしく遠征準備をしていた手が止まった。
ロングコートの裾を翻しながら滑る姿。夢のまた夢だと思っていた。それが?現実に?なる?え?あまりにも私に都合が良すぎないか?
いかん、これ以上詮索するのはやめよう。永遠に荷造りが終わらない。新しくしたスマホをそっと置いて、準備に戻った。
翌朝、寝不足からか、ふわふわした気持ちで福岡入り。ただ、新しいものが見られる予感と期待を胸に東スタンドS席から初演を観た。
「滑走屋」の看板に偽りなし。寝不足とか言ってる場合じゃなかった。美爆速で幕を開け、瞬きする間も与えないくらいあっという間に走り抜けた75分。時に氷上であることを忘れさせるダンサブルな振付に、空を飛ぶように浮遊するスケーティングが堪能できるプログラム。演目と演目のつなぎ目、境界線がない。ソロナンバーも群舞もすべてが繋がる世界観に、これは舞台だと、台詞のない演劇だと思った。
初演を見終えて当日券販売開始時間まで待てず、近くのコンビニで次の昼公演のチケットを買い足した。結果、当初の予定より2公演増えて、1日3公演×3日間の9公演のうち6公演観た。初演のオープニングを見た段階で追いチケするのは決めたけど、それでも足りなかった。誤解されないように言いなおすと、物足りなかったわけじゃない。観たいポイントが多すぎて、圧倒的に目が足りなかった!
大千秋楽に南アリーナ席から撮影したオープニングの一部。初演前夜に写真で見たあのロングコートが旗のようにうねり、照明で影までも踊るようで、動きがさらに大きく見えて、もっと人数がいるんじゃないかと思わせたし、ライブハウスのような照明演出も斬新でカッコよかった。そしてなにより、スケートはジャンプ以外に見せ場があることをこれでもかとみせつけた群舞!妖しい仮面姿で舞う迫力、すべてが圧巻だった。
「滑走屋」はいろんな意味で予定調和をぶっ壊すアイスショーでもあった。
大会上位者でなければアイスショーに呼ばれない(出られない)という固定概念。2時間越えは当たり前という公演時間。高額なチケット代と販売開始後に後出しで出演者を追加発表していく手法。その全てを払い除けた。
徹底的に観客視点。アイスショーに限らず、どの業界もそういう視点がなければ生き残っていけないことは明白だし、価格と販売方法に限っては、これを新しいと言っててはいけないとも思う。
私の福岡滞在予定を狂わせて追いチケできたのも、チケット代が抑えめだったからできたことだ。公演時間75分というのも、これまでのアイスショーの時間に比べると短いけど、途切れなく続くことで濃密濃縮120%で内容が濃くなり、必然的に出演者の出番時間も長くなるので満足度が高かった。「観たっ!」という実感がとても大きいアイスショーだった。
この75分という時間が超絶冷え性でずっと氷上席をあきらめていた私の背中を押した。75分ならいけるかもしれないと今回初めてスーパーアリーナ席(通称スーアリ)にチャレンジした。
2列目からの視界は新鮮にもほどがあった。残像しか残らないくらいのスピード感。ちょっとした首の角度、指先の表現。演目によって表情の変化もよく見えた。映像は手元にあるけど、前列の方の横顔がちらちら入ってしまっててここには出せないのが惜しい。旧ツイッター(現X)やインスタ、YouTubeなど「滑走屋」で検索してもらったら動画がいっぱい上がってるので、ぜひ観てほしい。時間泥棒覚悟で(笑)
アンサンブルスケーターはもちろん、メインスケーターも群舞ではその空間を支える柱のピースとなる。献身という言葉がふさわしいかわからないけど、内から発する光の量を調整できなければ成立しないし務まらない。メインスケーターはその光の調整も見事だった。自分の色を芯に持ちつつ、決して出し過ぎない。演目ごとに世界観と調和するように、自らの光と陰を自由自在に操っていた。「個」と「和」のバランス感覚が絶妙だった。
昔、生け花は正面から見てOKではなく、360度どこでも正面になるように生けなくちゃダメというようなことをどこかで見聞きした記憶がある。今回のアイスショー(とくに群舞)はどこも正面だったと思う。入った6公演、東西南北全部の角度から観たけど、どの瞬間もスケーターは「こちらに向かって」訴えかけてきた。感情が飛び込んできた。情熱とパワーに圧倒された。西スタンドA席の隅っこから観た時もそれは変わらなかった。
「滑走屋」でリンクに集まり咲いた花は、どの花も主役だったし、脇役にもなるように計算し尽くされた見事な生きる花だった。
アンサンブルスケーターの放つ輝きも眩しかった。高校生から社会人スケーターまで、大輔さんが試合で直接見てスカウトしたというのが群舞を観ていて納得できた。この短期間で舞台の世界観を理解し、スカウトの期待に応え、見事にやり遂げたアンサンブルスケーターたちの努力と成長速度がなければ成功しなかったと思う。凄いことをやってのけたみんなの来シーズンが楽しみでしかたない。
だからこそ、体調不良で出演キャンセルになってしまったスケーターが出たことが残念でならない。彼らを含めたフルメンバーで完成版を観たい。それが成し遂げられてようやく大成功と言えるのかもしれない。
しかしこの世界観を体現できるスケーターを見出す大輔さんの審美眼、プロデュース能力もまた凄いということで。滑ってつくって考えて、それを皆に共有して。あの人の脳内は小宇宙なのか?
高橋大輔というクリエーターの底知れぬ才能は、一演者、スケーターとして見ていても、肌を突き刺す痺れを伴ってその存在を実感させた。「場をしめる」というか……。自分をどう魅せるかを熟知しているトップスケーターとしての視点が、このアイスショーの隅々にいかされているように感じたし、その姿から何か少しでも吸収しようとする若き才能たちの滑りにも魅せられた。互いの存在が響き合って共鳴した結果があの3日間に結実したように思う。
推しの山本草太選手のソロナンバー「Teeth」からの群舞。最終日は「Teeth」の次に滑る三宅選手が体調不良で出演キャンセルになってしまい、最終日にして流れが変わるという局面も、世界観を崩すことなく繋いでみせた。
群舞は日によって、なんならその日の公演時間によって、フォーメーションが変わり、追加で滑る場所が増えたりしていた。舞台は生き物。同じ公演はないとは言うけど、それにしてもだ。リハーサル期間中から本番期間に至るまで、不測の事態が何度もあったろうけど、それに絶対屈しない妥協しない演出チームとそれに応えるスケーターの対応力も素晴らしかった。アンサンブルスケーターのほとんどがアイスショー初出演だったことを考えると、本当に「あっぱれ!」のひと言に尽きる。
タイトルに「一筆書き」とつけたのは、75分休む間もなく氷上に刻まれるスケートに、書道のような「留め・ハネ・はらい」が見えたからだ。留めはタメ、ハネは弾けるさま、はらいは流れ。衣装も黒で白い半紙に勢いよく進む書家の筆さばきのような潔さを感じた。和の要素を洋の音楽で表現する……なんて粋でお洒落なことを……!と、勝手に打ち震えていたのは超個人的感覚。
エンディング、照明が明るくなって笑顔で拳を掲げながら滑っていくところからの最後の余韻、皆の視線。胸に残るこの切なさをなんと表現したらいいのか、ぴたりとくる言葉がみつからない。
正直、千秋楽翌日より今の方がロスがすごい。日に日に滑走屋ロスの波がきている。こんなことはめったにない。もっと観たい!とここまで思わせる舞台に出逢えたことに感謝しかない。
3月1日(金)20時からドキュメンタリー映像の配信が始まる。どんな道のりを経て、あの舞台が立ち上がったのか……その一端を垣間見れると思うと楽しみで仕方ない。でも、これを見たらまた75分あの時間を体感したくなると思う。またロスが深くなりそうな予感しかない。見るけど。
3日間、博多の街で春一番のような瞬風を巻き起こしていった「滑走屋」。次はどの街を駆け抜けるのか、再演を心より待ち望んでいます!
私の脳内ではニューヨークのどっかの公園にリンク作ってテント張って、歌舞伎小屋みたいなハコで公演打つ姿まで見えてます。もちろんまずは国内で!絶対フルメンバーで再会&再演!待ってますよ、座長。