誰かに恥じない自分でいたい
わたしは電車で席を譲るのが苦手だ。自分が座りたいからじゃない。声をかけるタイミングがつかめないのと、単純に初対面の人に声をかけるのが苦手なのだ。だから混雑してたり、しそうな車両では席が空いていても座らない。
今朝、いつもの駅でキャリーを持って階段を降りようとしているご婦人がいた。母より明らかに年上だ。
昨日は母の日。わたしは推しが出演するアイスショーを観に行くため、早朝から外出。特に何をするでもない一日だった(記念日ごとに疎い我が家は毎年何もしないけど)。
いつもなら見ないふりして通り過ぎただろう。いや、無意識に無自覚に視界にすら入らなかったかもしれない。わたしは基本冷たい人間だ。
それが今朝は一瞬脳裏によぎった。
推しならこんな時どうするか。
「持って降りましょうか?」
振り返って声をかけた。
「大丈夫よ、ありがとう」
笑顔のご婦人に会釈を返し、わたしは先に階段を降りた。
いつも誰かにもらってばかりの優しさを、少しは返せただろうか。残りの人生で、返しきれるのだろうか。
「誰かに恥じない自分でいたい。誰を思うかは人それぞれだろうけど」
わたしの猫背を叩いてくれる、とある映画の台詞。電車を待つホームで誰にも聞こえないように、小さな声で口にしてみた。
雨の月曜日。なんてことはない。誰の記憶にも残らないような駅での時間。