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「夢一夜」(中島京子『パスティスー大人のアリスと三月兎のお茶会』より)

『夢一夜』中島京子「パスティスー大人のアリスと三月兎のお茶会」より(筑摩書房、2014)(ちくま文庫、2019)


対応する教材    『夢十夜』
ページ数      13ページ
原作・史実の忠実度 ★★☆☆☆
読みやすさ     ★★★★☆
図・絵の多さ    ★☆☆☆☆
レベル       ★★★☆☆

作品内容

「こんな夢を見た。」―夏目漱石の『夢十夜』と同じ書き出しから始まる不思議な物語は、『夢十夜』の「第一夜」がベースとなり、要所に「第四夜」のエッセンスが効いています。さらに、意図してのことかはわかりませんが、「第三夜」を彷彿とさせる部分もありました。

 時間と空間の歪みや脈略のなさ、辻褄の合わない部分が、夢の不思議さを際立たせています。

おすすめポイント「ちりばめられた『夢十夜』を拾い集めて読む」

「第一夜」について。夏目漱石の夢に出てくるのは、「百年待っていてください」と言いながら、もうじき死にゆく女です。一方本作で、自分とともに過ごすのは「あなた、待っていられますか」と言う、百万年死ねない女なのです。死んだ女を想ってじっと待つ百年と、百万年生き続ける女と過ごす時間。生死と時の重さを比較するとより面白いと思います。

また原作では、日の出と日没後の繰り返しを、自分は動かず眺めることで年月の遠さを表現しているのに対し、右足を出して、左足を出して「――そうして歩いて行くうちに、――あなた、どこかへ辿り着けるでしょうか」と自身の足を交互に出して、遠くの場所にいくことが書かれている点も、読み比べのしがいがありそうです。

 「第四夜」の要素は、爺さんが住む場所を聞かれて「臍の奥」と答える、「深くなる、夜になる、真直になる」と言いながら姿を消すなど。まるで夏目漱石の第四夜に迷いこんだかのようです。

 「第三夜」は隠し味程度でしょうか。原作で自分が我が子を負ぶって歩く様子が、本作の自分が青年から子どもに変わって負ぶわれている、という状態に少し重なります。

 まるでこの『夢一夜』から夏目漱石の『夢十夜』の各話の輪郭を彫り当てるような読書体験です(そう、「第六夜」の運慶・快慶が木から仏像を彫り出すように……)。


授業で使うとしたら

『夢十夜』は、教科書では第一夜(死ぬ女)と第六夜(運慶快慶)が採録されていますが、『夢一夜』は第一夜をベースにして書かれているため、授業で扱った文学作品の関連小説として紹介すると良いでしょう。『パスティス 大人のアリスと三月兎のお茶会』は、以前も『富嶽百景』のオマージュ作品を記事で紹介(https://note.com/manavin_kokugo/n/nab2f468215d3)しましたが、他にも文学作品をベースにした小説やエッセイが全部で16本収録されており、原作の文学作品にも興味を抱くきっかけになりうる一冊です。

一方で、『夢十夜』も含めて全体的に、「わかりやすく読みやすい」作品とは言い難いかもしれません。それは、この物語自体の、またオマージュ作品としての2種類の「わからなさ」から来るものだと言えます。目が覚めて思い出すと辻褄の合わないことの多い、本物の夢のような感覚を味わえる小説がもたらす「わからなさ」、そして『夢十夜』のエッセンスを随所に散りばめたことで、オマージュ箇所が明瞭ではないという「わからなさ」がある小説です。どちらも、面白い小説体験を与えてくれる要素ですが、比較的読書好きな生徒にオススメの一冊だと言えます。



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