紛争の原因と教育

今日の学び

紛争はなぜ起きるのか。
なぜ、人々は武器を手に取るのか。

1.文明の衝突(Samuel Huntigton)

冷戦時は、自由民主主義と共産主義のイデオロギーの対立だった。
冷戦後は文明の対立が生まれると考えられた。

世界は7、8つの文化を共有する文明圏に分けることができる。
・西欧文明圏
・ラテンアメリカ文明圏
・イスラム文明圏
・中国文明圏
・ヒンドゥー文明圏
・ギリシアーロシア正教文明圏
・日本文明圏
(・アフリカ文明圏:アフリカは多様なので、まとめきれないという主張もある)

これらは、宗教・歴史・文化によって古くから築き上げられた文明である。
文化というのは、自分のアイデンティティ形成の基になるものであり、そのアイデンティティを確立・保護するために、国際政治も利用している。

その文明同士の境界(断層線:fault line)が生まれた時に、紛争が起きる。

それぞれの文明の中核国(リーダー的国)の関係維持、相互尊重をすることで、大規模な文明衝突は予防できるとしている。
その一方で、分裂国・引き裂かれた国家においては、国内衝突が起きる。

分裂国:
領土と文明の境界が一致していない。同じ国の中で、二つの文明が存在していることで、国家としての統一が困難であり、内戦が続く。
(例スーダン・ナイジェリア)

引き裂かれた国家:
市民と指導者で所属したい文明が違い、アイデンティティが引き裂かれている。(例トルコ)

特に、植民地政策として、欧米諸国が民族を作り上げ、片方に権力を与えていたことなどもアフリカの内戦には大きく影響している。(例ルワンダ)

文化というのは、強力な力を人に与える存在であり、特に不公平さを見えにくくしたり、自分の満足を満たすために手段を選ばせなかったり(テロなど)、階級・人種などを曖昧にしたりする。

➡︎このセオリーを使ったら、歴史と忠誠心の分断が見える


2. 構造的問題(Mark Duffield)

経済的・文化的・政治的不平等さ。
発展途上国が「発展途上」として扱われることに対しての紛争。
→「北」の国が「南」の資源を使用し、経済的支配しているという構造。

Duffieldは、地理的分断がされている情報経済・政策の排除も影響をしていると言っている。ネオリベラリズムと、政治的構造によって排除された人たちが、「グローバル化」から抜け落ち、暴力へとつながるとしている。

その一方で、不平等をなくすことはできず、どんな状況でも不平等は存在しているとした上で、紛争につながるものとつながらないものがある。それは、コントロール力。ただ、どんなにコントロールしていても、外部的触発があったら紛争につながる可能性はある。

➡︎この理論を使ったら、現状のしたに隠れている不正義が見える。

(余談)
ネオリベラリズム:国際社会は無政府状態だから、利益があれば国家同士の協力が可能とする考え。


3. 経済合理的選択(Paul Collier)

経済的欲求によって紛争が起きるという考え。
他の生産が枯渇している中で、国外から需要のある一次産品があれば、その輸出のために紛争が起きる。(例シエラレオネのダイヤモンド)

Collierは、特に、一次産品が獲得できる「機会」があると、紛争につながりやすいとしている。
また、論文の中に、男性の所得率に対して経済成長が大きいと反乱軍への加入が増えることや、多民族国家だと紛争が増えることなども指摘している。

➡︎この理論を使ったら、なぜ紛争が長期化するのが見える。


被害者としての教育

・学校内での差別
・強制移動(軍への強制加入含む)
・物理的被害
・精神的被害
・偏った教育
・トラウマ
・プロパガンダ
・早期結婚、レイプ
etc

世界の21の貧困国においては、教育費よりも軍事費に当てられている。
その10%を教育費に当てたら、9500万人の子どもは学校に通えるようになる。
6日分の軍事活動を停止するだけで、教育格差は是正される。

加害者としての教育

・バイアス
・歴史的排除
・カリキュラム
・イデオロギー
・言語
・教育費の不均等な資金配分
・社会的不和(マサイ族の「市民化」の失敗によるISへの傾倒)

子どもが「学校に行きたくない」もしくは、ドロップアウトとなる環境を作ると、軍への加入・学校への攻撃へとつながる。

  1. Direct Violence (故意的な直接暴力)
    学校内での暴力・武器の使用・厳しすぎる罰・性的被害・自殺

  2. Indirect Violence(生きるための内的暴力)
    教育へのアクセス/教育機会の不平等

  3. Repressive Violence(政治上の基本的権利の剥奪)
    学校内での民主的機会の欠如

  4. Alienating Violence(高等の権利の剥奪)
    文化的バイアスのかかった教育カリキュラム・教科/思考/言語の制約

平和構築の4Rモデル

Recognition:
言語・文化・宗教の自由。
国家建設のための市民参加。
多民族の協調への政治的分析。

Representation:
アイデンティティの保護。
誰が、どのレベルで政治的参加をしていくのか。
福祉の提供・コントロールの政治的分析。
多様なステークホルダーの参加。
経済的自由

Redistribution:
福祉への平等なアクセス
リソースへの均等な配分
能力の結果に応じた雇用

Reconcilliation:
政治・経済・文化・歴史的の尊重
どのように福祉が社会を強める/弱めるかの分析
過去が現在と将来にどのようにつながっているのかの公的議論
信頼関係のレベルの視覚化(政策とそれぞれの民族)

このモデルを教育に落とし込んだら・・・
(例)
Recognition:学校内で、他の言語を使用するのを認める。
Representation:教科書などを作り上げていく上で、多民族が関わる。
Redistribution:卒業証明などを与えられる。そこから雇用へつながるようにする。
Reconcilliation:どのように多民族を一つの場にまとめるか。

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自分の中での不明点

・セオリーもリーディングも多くて、何が分からないかも分からないぐらいに、分からない。
・基本的にセオリーの引き出しが少なすぎて。不明点というより課題点。

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個人的見解

このコースは、紛争の構造理解と同時に、それを教育に当てはめたらどうなるかっていうとこまで、より落とし込んで、専門的に取り上げてくれるから好き。この大学を選んだのも、この授業を取りたかったからだし、学んでいて面白い。それなのに、自分の英語力と知識力がついていけてなくて悔しい。さらに、11週間しかないのに、5回もストライキで授業を受けられないのは、もっと悔しい。なんのために、イギリスに来たのか分からないくらい、腹立たしい。ここで言っても仕方ないが。

何が紛争を作り出すのかの議論は面白かった。
それぞれの正義って答える人がいたり、軍事勢力が政権を握った某国から来た友達は自由って答えていたり。
その一つに教育があるわけだけど、例えば歴史教育をするってことは、誰かの視点から見た歴史でしかなくて、その記録を残す段階で、誰かの視点は排除されている。民族の一員たらしめるものとして、言語が絶対的に大きな役割を担っているのに、それを継承できないなど。それが、摩擦となる場合もあるし、前述したように、ドロップアウトした子が軍に加入したり、兵士を増やすために女の子たちをレイプしたり、学校の内容以外のところで紛争へ加担してしまっていることもある。

先日、たまたまNHK+つけたら、映像の世紀をやっていて民族紛争を取り上げていたんだけど、その中に旧ユーゴで起きた、民族浄化を目的に女性たちがレイプされていていた話が挙げられていて、その女性たちは被害者でありながらも元のコミュニティからは「汚れた敵の子を孕んだ女」という扱いをされ。ウガンダの元子ども兵にしてもそうだけど、同じ民族でありながらも排除されることもある。

その中で、4Rの最後のReconciliationは本当に重要で。南アフリカの例がやはり出ていたけど、ドイツのナチスの例とは違って、停戦終結した後でも、敵対していたもの同士が同じ場所に住み続けないといけないから、それをどうまとめていくのかっていうのは本当に難しいと思う。

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