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サバティカルタイム開始!LAで絶好調な滑り出し→たった3か月で絶望的な状況に。

こんにちは!サバティカルタイム中のママ、小林真奈美です。

↑では、サバティカルタイムを選択したきっかけについて触れました。

仕事を離れることへの不安以上に、「新しい世界に飛び込みたい!
その経験は絶対自分を成長させる(ものにしてやる)!」
と期待いっぱいで、意気揚々と夫の赴任先ロサンゼルスで
サバティカルタイム(駐妻として)をスタートした私。

渡米直後からアクセル全開!絶好調な滑り出し。


”駐妻”はどうしても、夫のコミュニティ(職場や駐在員の日本人会なるもの)派生の人間関係ばかりになってしまうケースも多いようですが、
”His wife(夫の妻)”ではなく、”Manami”として海外生活を満喫したかったので、「自分自身で新しい環境に飛び込み人間関係を構築する」ことに人一倍こだわりました。この姿勢のおかげか、最初の3か月は絶好調。以下のようなやり方で、現地の知り合いを着々と増やしました。

<カレッジに通う>
さすが移民の国アメリカ、海外から移住してきた人向けに、無料の英語クラスを解放している学校がいくつもあるんです。
私が通ったのは、カリフォルニア州立サンタモニカ・カレッジ。
クラスには、幅広い年齢層の、様々な国出身の、色々な経歴を持った人たちが集まってきます。母国語が英語ではない人ばかりなので、お互いに精一杯のボキャブラリーとボディランゲージを捻りだして、コミュニケーションを取ります。お互い一生懸命話すからか、比較的仲良くなりやすく、
「気が合いそう」と思った人とは、クラスの後にランチをしたり、お出かけしたりもしました。

カレッジがあるサンタモニカというエリア


<ローカルのハラウ(フラ教室)でフラを習う>
私が人生の半分以上続けている唯一の趣味が、Hawaiian danceのフラ。
せっかくアメリカにいるなら(ハワイではないけど)
現地の人たちとフラを習いたいと思い、近所のハラウを調べて即入会。
本当にローカルの人しかいない教室だったので、先生はもちろん、フラシスターズ(他の生徒達)も「日本からManamiって子がやってきたらしい!!」と本当によく気に掛けてくれて、フラのレッスンに関係のない、身の回りの生活のことまで色々と教えてくれました。こんなに温かい現地コミュニティに出会えたことは、駐妻ライフ一番の財産かもしれません!!

ロサンゼルスのHula Sisters ♡


<ランゲージエクスチェンジに参加>
夫が留学した先の大学には、家族も申し込みができる”ランゲージエクスチェンジ”のプログラムがありました。ランゲージエクスチェンジとは、母国語が違うもの同士ペアを組みお互いに言語を教え合うこと。
私の場合は英語で日常会話する相手が欲しかった+日本語なら教えることができるので、「英語が話せる日本語学習者」が見つかれば、マッチング成立となり、ランゲージエクスチェンジをスタートできます。
(大学がマッチングをしてくれました。今はアプリやサイトで相手を探すこともできます。)
私はシンガポール人の大学2年の女の子と組むことになりました。ラッキーなことに相性が良く、すぐに意気投合。彼女からは英語だけでなく、シンガポールの文化や価値観、彼女ならではの経験や考え方などたくさん教わりました。

<米国アロマセラピストの資格取得>
元々アロマは好きで、家に精油を10種類ほど持っていました。その時の気分で好きな香りを選び、ディフューザーを使って香りを楽しむ、ただそれだけ。でも良い香りに包まれるだけで、体の力が緩んで、深呼吸したくなる
その感じが心地よくて。
効果効能をいつかちゃんと学んで、生活に役立てたいなと思っていました。
そしたら、せっかくのサバティカルタイム、学ばない手はないですよね!!
アメリカのアロマセラピスト資格、NAHA ( National Association for Holistic Aromatherapy ) のCertified Aromatherapist L1の取得に向けて、現地のスクールで、オンラインで学び始めました。
日本のアロマセラピー検定などの勉強をする選択肢もありましたが、
私は「アロマセラピストになって帰国後も活用したい」わけではなく、「沢山のアメリカ人生徒たちに混ざって趣味を極めたい!」だったから、現地のスクール受講を決めました。

他にも、ヨガクラスに通ったり、ボランティアに参加したり、
仲良くなった人とロサンゼルスの観光スポットに遊びに行ったりする日々。

ビバリーヒルズまでランニング

我ながら渡米後3か月でよくここまで動いたなと思います。毎日が新鮮で、楽しくて、明るい未来しか見えませんでした笑 ところが・・・

渡米3か月でコロナ禍の幕開け・・・(T_T)

忘れもしない、2020年3月15日。
コロナ流行に伴いカリフォルニア州に「外出禁止令」が発令されたのです。
明日から急に、不要不急の用事を除いて、外出は一切できなくなりました。
カレッジや、フラ、ヨガレッスンは全てオンラインに。
ボランティアや友達との予定はすべてキャンセルに。
1週間後に控えていた南米旅行も行けなくなりました。

生活必需品の買い物は許されていましたが、外出禁止令発令直後はスーパーに行ってもこんな状態

最初の1週間は「どうせすぐ終わるだろう」とまだ楽観的でした。
でも、2週間経っても、1か月経っても、外出禁止令は全然解除されない。
…さすがに、焦ります。
「会社をやめて、全て手放して、アメリカまでやってきたのに。この状態だったら何にもできないじゃん!!貴重な海外生活中に引き籠りなんて…一体どうしてくれんのよー!!」と。自分の努力ではどうにもならないこの状況がもどかしく、怒りをぶつける先もなく…絶望しました。

「今できるベストをやるしかない」と気持ちを前に向けるも、ひたすら、オンラインの予定を淡々とこなす日々。
「こんなの、日本からでもできるじゃん・・・」「”リアル”で経験できることがなさすぎる」と考えてしまうと、涙ぽろぽろ・・・
さすがにこのときは、このタイミングでサバティカルタイムを取った自分を悔いました。

でもね、今振り返ると、このときに「今できるベストをやろう」と取り組んだことが、サバティカルタイム中の新たな選択肢を与えてくれる出来事に繋がっていて。
「人生で起きる全ての出来事に意味がある」ってよく言うけれど、あれ本当かもしれない、と今は感じています。

サバティカルタイム開始3か月で八方塞がりになった私が、自分の人生・キャリアをここからどう考えていくのか、引き続き綴っていきます!
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