見出し画像

ニュートンの造幣局勤務:錬金術から学ぶ②

 錬金術第2弾は、18世紀フランスのラボアジェから遡り、17世紀イギリスのニュートンに移ります。「プリンキピア」で物理学に革命を起こしたニュートンは、まぎれもない錬金術師でした。(小野堅太郎)

 ニュートンといえば、リンゴが落ちての「重力」「万有引力」、ニュートン式望遠鏡、虹の分解、潮の満ち引き、微分積分など科学的貢献が計り知れない。一方で、錬金術師であったことも有名で、科学界の天才でありながら、科学界の異端でもあったとも紹介される。

 残っているニュートンの実験ノート(聖書や錬金術研究)などが、イスラエル国立図書館に所蔵されており、なんとインターネットで閲覧できるだけでなく、PDFとしてダウンロード可能です。

 とにかくニュートン関係で面白い伝記でおススメなのは、「ニュートンと贋金づくり」(トマス・レヴェンソン著、寺西のぶ子訳)です。数あるニューロン伝記の中でも、結構フェアで偏りのない内容でニュートンが描いてあります。ニュートンは輝かしい科学的業績を発表した後に大学を去り、50過ぎた時に王立造幣局の監事となります。これから数年間、銀貨の鋳造と贋金づくりとの熾烈な戦いを繰り広げます。この本は王立造幣局時代を中心に据え、贋金づくりチャロナーとの戦いのドラマになっています。堅い科学の本ではないので、是非読んでいただきたい本です。今回はこの本を基にして、小野が面白いと思った部分、錬金術師としてのニュートン、を紹介させていただきます。

 まあ、ニュートンは若いころは内向的で目立たない学生だったようですが、めきめきと頭角を現し、ケンブリッジ大学トリニティ・カレッジの数学教授のバローに認められます。1664年にロンドンでのペスト流行を受けて田舎に疎開した18か月で、「万有引力」など数々の発見をします(まだ25歳)。これらをまとめて「プリンキピア」として出版するのは20年以上たった1687年です。では、この間、大学に所属しながら何をしていたかというと、敷地の小屋でずっと錬金術の研究をしていたのです(プリンキピアを書きながら、フックやライプニッツとの喧嘩・法廷闘争をしながら)。

 「プリンキピア」で名声を得たニュートンは、しばらく錬金術をやめたようですが、1691年、あのロバート・ボイル(ボイルの法則)が亡くなり、数少ない友人である哲学者ジョン・ロックから「ボイルの謎の赤土」が送られてきます。ロバート・ボイルは近代化学の父とも称される人ですが、錬金術師です。錬金術の鉄則は「秘密」です。ボイルがロックに宛てた手紙のプロセスに従って、ニュートンは再度、錬金術に取り組みます。ところが、2年ほどすると精神不安定になりぷっつりと研究をやめてしまいます。水銀や鉛などを炉でガンガン加熱するような実験を繰り返していたので、体調に変化をきたしたのかもしれません。

 とまあ20年以上における金属加熱の実験を秘密裏に一人、もしくは助手と二人で続けていたわけです。物質の混合、加熱・冷却、炉の設計までやっていたそうです。そんな中、1695年、教え子であり財務大臣となっていたモンタギューから「王立造幣局の監事」の就任以来が来るわけです。

 全くこれまでと関係のない仕事?いやいや、これ以上の仕事はありません。これが偶然とは思えません。ニュートンは錬金術研究を通して、金属加工技術に当時最も詳しい人物だったわけです。錬金術研究は徒労に終わってしまいますが、人間の行った偽のコイン鋳造など、自然界のアーチファクト結果をはじき飛ばす論理的思考ならいくらでも見抜けます。

 貨幣というのは、ある意味錬金術みたいなものです(過去記事「大学通貨を考えてみた」参照)。信用という目に見えない、存在しない価値を見えるものとして用意するわけです。当時は銀本位制でした。皮肉なことに、ニュートンは貨幣信用を根底から覆してしまうかもしれない錬金術をやりまくっていたわけです。贋金づくりは、粗悪な金属やそこら辺の紙を本物に似せれば価値を持ちます。すごい運命だなぁ、と驚かされました。

 さて、造幣局監事となったニュートンは、銀貨を大量に鋳造生産しなければいけなくなります。贋金のために信用価値の下がった銀貨を回収し、偽造困難な銀貨を流通させる必要があるわけです。新しい炉を設計し、効率的に銀を加熱溶解できるようにします。おそらく、贋金を溶かし、銀を抽出して再利用していたと思われます。次に鋳型に流し込み、偽造防止のために馬の力で刻印を圧接します。数年であっという間に造幣局の生産ラインを増強し、貨幣危機を乗り越えることになります。

 伝説の贋金づくりチャロナーとのスパイ合戦は手に汗握る戦いです。是非、上記書籍を楽しんでください。


全記事を無料で公開しています。面白いと思っていただけた方は、サポートしていただけると嬉しいです。マナビ研究室の活動に使用させていただきます。