大学でDXは可能か

 DXとはデジタルトランスフォーメーションのことで、組織を意識改革した上で、デジタル化により業務の効率化を図ることである。公立大学にDXは可能なのか。考えてみた。(小野堅太郎)

 「いや、大学にDXは必要ないでしょ」という人がいるかもしれないので、始めに反論しておく。オンライン講義が普及し、LMSでの講義記録が蓄積されるようになった。数ヶ月前から印鑑が多くの書類で不要になった。多くの大学では年末調整がオンライン入力になった。うーむ、それぐらいだ。依然として、なんの役に立っているのかわからない書類や会議が沢山ある。

 IT化による業務効率化の余地は多い。しかしそもそも、IT化はDXの極一部でしかない。教育と研究のIT化による業務自動化、蓄積するデータの解析、AIやディープラーニングの活用、中央集中型からオープン分散業務への転換、そしてなによりもIT人材育成が必要となる。九州歯科大学の場合は附属病院があるので、こちらは待ったなしで異論なくDXが必要である。

 教育・研究現場へのデジタル化の波は止めようがない。研究に関しては世界的感染症蔓延で一気に講義がデジタル化されてしまった。研究では20年前からデータはADコンバーターでデジタル化され、論文執筆、論文投稿、論文を読む事もデジタル化された。

 うちの研究室では実験ノートをOneNoteでデジタル化し、全てのデータはDropboxに保存・共有され、薬物注文や実験計画はSlackで行い、スケジュールはOutlookで共有してZoomやTeamsで話し合いをする。セミナー等もフルデジタルにした。DXというには程遠いが、たったこれだけのICT化でも、時間と費用の削減に大きく繋がった。

 というわけで「大学にDXは必要ない」とはとても言えないはずである。公立大学である九歯大のDXによる利益とは、企業のように収益を上げることではなく、「社会から価値あるもの」と見なされることである。最もわかりやすい数値となるのは「大学受験倍率」と「歯科医師国家試験合格率」の2つである。そして、研究業績と地域基幹病院としての役割である。こちらは数値化か難しいように見えるが、研究費獲得額や病院収入額からある程度は判定できる。

 これらが大学DXの目的であるので、事務処理や会議のIT効率化は教育・研究の時間確保のための第一段階に過ぎない。ハンコ廃止やオンライン申請などはDXの極わずかであるのは了解してもらえただろうか。

 では本題の「大学でDXは可能なのか」の議論に移りたい。国公立大は法人化して15年以上経つが、学長をトップとした中央集中型の運営に完全に移行している。では、欧米諸国的なトップダウン方式によるDXが可能かというと、ICTに造詣が深い学長が多いとは言えない。多くの日本企業もそうであろう。一番始末に追えないのは、DXを何も知らない管理職が「とにかくDXやれ!」と命令することである。

 となると、ボトムアップ方式でのDXを進めるのが良さそうである。ボトムアップ方式の最大の欠点は「大きな予算はつかない」ことである。よって、出来るだけお金を使わないでやるしかない。あと、なんらかのミスをした時に自分にすべての責任がかかってくる覚悟が必要である。さらに、中途半端な成功では、嫉妬からくる嫌がらせを受ける可能性がある。このようにボトムアップ方式では、組織全体のDXまでには長い道のりとなることは否めない。日本でDXが立ち遅れているのは特異な社会構造のせいである。

 できないと諦めるのは簡単であるが、自分の職場がジリ貧になっていくのを黙って見ているつもりはない。

 教育のデジタル化は、知識教育において有効なのは明らかである。特にスマホにより手のひらにPCがある状態なので、様々なことが可能となる。スマホを使用した学部・大学院教育を広めるためには、デジタルコンテンツを充実させなければいけない。講義動画によるユビキタス学習環境を整えることは、結果的に教員の教育負担を数年軽減させてくれる。その補足として、Quizletによる単語の自己学習やメール(いずれLineでやりたい)などによる質問環境も構築しないといけない。

 生理学実習にYouTubeへ手順動画をアップする試みを行ったが、説明なくいきなり実技実習に入れるという大きなメリットを経験した。つまり、教育のデジタル化は知識教育だけでなく、技能教育にも一部適応が可能である。

 試験に関しては、歯学CBTと歯科医師国家試験を見据えた5択問題を、この2年間で大量に作っている。これらの正誤と学生の学習状況を読み取り、蓄積したデータ関連性から試験前に学習指導が必要な学生を自動でピックアップできるようにしたい。また、知識の理解を問うためには記述問題が必要となるが、「自由作問」というやり方が有効であることを確認している。このような試験方式は、5択採点の自動化といったことだけではなく、試験のオンライン化と結果のデジタル保存、そして解析が可能となる。ゆくゆくはAIによる学生の学習力判断と対応の自動化が見込まれる。

 なぜ歯科大学の1科目を担当する生理学分野だけでそんなDXをやらなければいけないかというと、前述の通り、ボトムアップ方式しか道がないからである。お金が使えないので、YouTubeやnote、Quizletを利用させてもらっている。大学利用のLMSであるフリーのMoodleには大量の学生利用ログが保存されている。試験結果と合わせて匿名化をすればデータ解析が可能となる。解析アルゴリズムを作るためにPythonを勉強中である。

 「大学でDXは可能なのか」の問いに対する答えは「可能かどうかではなく、やるしかないっしょ」である。大学教育のデジタルディスラプション(電子破壊)は基礎科学(生物、物理、化学)や基礎医学(解剖、生理、生化、病理、微生物、薬理)の講義動画の大学向け販売から始まるように思う。正直、Try ITの高校理科のYouTube動画は「無料でこのハイレベルなのか!」と驚かされる。大学教員削減の対応策として導入が検討されたら恐ろしい。

 大学は教育だけではない。もう一つ、研究がある。研究指導ついては「教育」であるのでDX可能であるが、研究対象、アプローチ法の選択、結果の解釈などは創造的作業であるのでDXの対象とならない内容が多い。

 DXの本来の目的は、デジタル化による業務効率化ではなく、デジタル化によりみんなが楽しくしあわせになることらしい。なんじゃそりゃ、と初めは思ったが、学生が効率よく学習でき、実技習得の時間を確保できれば、こんないいことはない。教員も退屈な知識教育の時間を減らし、身のある思考力育成で学生が成長するのが見えるのならこんな素晴らしいことはない。教育効率化により研究に集中でき、同僚達と議論を深めて実験できるのなら、こんな幸せなことはない。うん、DXいいじゃない。やってやろうじゃないの。

全記事を無料で公開しています。面白いと思っていただけた方は、サポートしていただけると嬉しいです。マナビ研究室の活動に使用させていただきます。