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「コミュニケーション能力は重要」に潜む違和感

 「コミュニケーション能力は重要」というような言葉をよく聞くが、どうも違和感がある。なぜなら、コミュニケーションには多種多様な様式があり、それぞれに特徴があって、人により得意なコミュニケーション能力と不得意なコミュニケーション能力が存在する。ちょっと考察してみる。(小野堅太郎)

 コミュニケーション(communication)は「会話」だけではありません。ラテン語の「communis(共有する、分かち合う)」を語源とし、「他者と分かち合うこと」というもっと広い意味を持っています。絵画などの芸術や物語(小説、評論文、科学論文も含む)も当然、コミュニケーション技術に含まれるはずです。TwitterなどのSNSも高いコミュニケーション能力が必要とされる領域です。

 では、会話能力だけで見てみましょう。話口調、声のトーン、話すスピード、ジェスチャー、容姿、服装など「音」だけではない要因がたくさん関わっています。さらに、要求されるシチュエーションによっても異なったコミュニケーション能力が問われます。「好きな相手を口説き落とす内容」「苦情をいう客を納得させる内容」「上司や部下を説得する内容」など、共通項のないコミュニケーション能力が必要とされます。

 現実社会で考えてみましょう。ペラペラしゃべる人より言葉数少なくても含蓄のある発言をする人のほうが信頼されます。SNSでは、敬語や婉曲表現を入れる発言より率直な飾らない方が人気があります。若者たちの話し言葉は若者同士では深く伝わっても、高齢者には伝わりません。

 こういった複雑性(手段、場、年代)からコミュニケーションは学問として研究されています。では、コミュニケーション学を学んだ人は、コミュニケーションに関する知識は豊富ですが、高いコミュニケーション能力を持つわけではありません。

 なぜかというと、コミュニケーションは1人称では完結しないからです。必ず、相手がいて、その相手を見極めないとコミュニケーションになりません。この能力は相互的です。

 AさんとBさんが協力して仕事をしなければいけない時に、AさんがBさんを怒らせてしまったとしましょう。Aさんが仮にコミュニケーション学を十分に習得していたとしても、Bさんをよく知らなければ、Bさんを怒らせてしまうことはあり得ます。Aさんのコミュニケーション能力が不十分だったせいでしょうか。いや、BさんはAさんと同じく互いに協力しなければいけない状況です。むしろ、怒ってしまったBさんの方がコミュニケーション能力が不十分であったと考えることもできます。

 逆に、AさんとBさんが協力して素晴らしい仕事をしたとすれば、両者はともに高いコミュニケーション能力を持っていたといえるでしょうか。それは、Aさんの低いコミュニケーション能力をBさんの忍耐力を含めた高いコミュニケーション能力で乗り越えた可能性もあるわけです。つまり、コミュニケーション能力は相互的であって、個のスキルでは成しえない一面を含んでいます。

 巷にあふれる「コミュニケーション能力は重要」という言葉には、「世界平和」「みんな幸せ」と似ています。みんな、それらが大事と分かっているのですが「できない」のです。宗教教義にも似ていて、もうそれ以上の思考ができなくなってしまう絶対的ワードなのです。この言葉は人を納得させますが、解決策を全く提示しません。個々のケースに分類して、解決策について論じ、そして実行しないといけません。

 もし面接で「あなたのコミュニケーション能力は高い方ですか?」と聞かれたら、どう答えますか?答えは一つ、「はい、高いと思います」です(嘘であっても)。なぜなら、面接はあなた自身を売り込む場です。あなたが「自分のコミュニケーション能力が低い」と答えたら、自分を売り込んでいません。正直にそんなことを言ったら、本当にコミュニケーション能力が低いことになります。

 そもそも質問に問題があります。本来は、「こうこう、こういう場合に、そのスタッフと協力関係を築くために、どんなコミュニケーションを行いますか?」と聞くべきです。この質問なら、具体的に答えることができます。また、質問者は「他者とのコミュニケーションについて、ちゃんと考えて行動する人物であるかどうか」を判断することができます。条件設定が仕事の内容に即していれば、なおさらいい質問だと思います。

 では、大学に入学して直ぐのオリエンテーションにおいて「コミュニケーション能力は高い方?」と同級生から聞かれたら、どう答えますか?答えは無限にあります。なぜなら、同級生と仲良くなる場だからです。面接とは違います。「いや全然ダメだよ」「まあ、どちらかというとあるほうかな」など、自分を理解してもらうことが目的なので自分が思ったことを言えばいいわけです。

 「コミュニケーション能力は重要」にある違和感、わかってもらえたでしょうか。「そりゃそうなんだけど、う~ん」となってしまうのです。小野は一般的に「コミュニケーション能力が低い」と言われる人から光るものを感じることがあります。「この人は、これでいいんじゃね」と思うわけです。「コミュニケーション能力は重要」という言葉が、そういった個性をつぶすワードにならないことを望んでいます。

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