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体内水分保持のためのスティルスーツ:DUNEの何がすごいのか③

 「DUNE砂漠の惑星」は生態学をSFに取り込んだ先駆けである。砂漠という乾燥地域で生きるためには、失われる水分をできるだけ抑えなければならない。そのために着用するステイルスーツはDUNEの重要アイテムである。その機能を生理学的に解剖してみる。(小野堅太郎)

 小野は今でこそ痛みの研究をしているが、研究のスタートは「体液調節」であった。20年前は肥満問題を解消するために「食欲調節の研究」に多額の研究費が投入されて盛んな中、その片隅で「飲水調節の研究」を行なっていた。

 おしっこの量を減らすホルモンとしてよく知られているバソプレシンは、抗利尿ホルモンとして高校生物にも登場するほど有名である。脳下垂体後葉から分泌され、血行を介して腎臓の集合管に作用し、水チャネルアクアポリン(特にAQP2の膜輸送)により水の透過性を上げる。これによりおしっこから水分だけが体内に再吸収され、おしっこは濃縮される。おしっこと、連呼しているが、おしっことは基本的に膀胱に溜められ排出された液体を指すので、厳密には間違っている。膀胱以前の尿細管を通過するおしっこの源は原尿と呼ばれ、この原尿の濃縮を行うのがバソプレシンというホルモンである。

 バソプレシンという名前は「血圧を上げる物質」という意味である。バソ(Vaso)は血管、プレス(Pres[s])は押す、シン(sin)は物質(ホルモン)というわけである。原尿から水を体内に取り込むので体液量が上がるため、結果、血圧が上がることになる。血圧は血管の柔軟性、血管平滑筋、血管支配交感神経、心臓の拍出量によって血圧を変えるが、バソプレシンによる水の再吸収や飲水行動により体液水分量が増えれば、水風船が膨らむように血圧は上がる。単純な物理学法則に従っているだけである。

 甲状腺刺激ホルモンや成長ホルモンなど脳を由来とするホルモンは多いが、基本的に下垂体前葉から放出される。しかし、バソプレシンや愛情ホルモンとして話題となったオキシトシンは下垂体後葉から放出される。さらに面白いことに、この両ホルモンは特殊で、脳の奥深く視床下部の室房核と視索上核で合成され、神経軸索内を運ばれて後葉に蓄積される。つまり、脳内の神経系からの信号に対して鋭敏に反応するようなシステムに置かれている。体内の血管系にはり巡らされている圧受容器は常に局所の血圧をセンスしており、脳幹を介して視床下部へと情報を送っている。血圧が下がった時にはバソプレシンを合成する視床下部部位のニューロンがすぐさま興奮し、即座に下垂体後葉からの放出を行い、原尿は濃縮されることになる。

 しかし、どんなにおしっこの量を減らしても、老廃物を排出する必要があるから、ゼロにすることはできない。糞便に関しても、消化・吸収のためにお粥のようになった食物は大腸でかなりの水分が再吸収される。しかし、水なしのカチカチのうんこでは排泄できない。他にも汗や呼気から水分は失われていく。徐々に失われていく水分は「飲水」補給を行わなければ限界量を下回り、血圧が低下して循環が止まって死に至る。

 飲水を引き起こす最強のホルモンは「アンジオテンシンⅡ」である。アンジオ(Angio)は脈管系で、テンシン(tensin)は昇圧物質という意味になる。バソプレシンと似たような命名。これは基質となるアンジオテンシノーゲン(ノーゲンときたら基質の意味)が、腎臓の糸球体傍細胞で減圧を感知されると分泌されるレニンにより分解され、アンギオテンシンⅠ(アミノ酸10個)ができる。これにあんまり作用はないが、ACE(アンギオテンシン変換酵素:エースと呼ばれる)によりアミノ酸がさらに2個切り取られてアンギオテンシンⅡとなると、途端に強力な昇圧作用と飲水誘発を起こす。新型コロナウイルスの細胞内侵入経路として明らかとなったACE2は別の酵素で、アンギオテンシン(1−7)を作る。

 脳は基本的に「血液脳関門」があり、血中のペプチドホルモンは毒物と同じように脳内に侵入できないようになっている。しかし、局所的にいくつかだけ血液脳関門を欠いた神経核があり(7つあるのでセブンウインドウとも言われる)、脳室周囲器官、特に脳弓下器官にアンギオテンシンⅡは直接作用することができる。この脳弓下器官を電気刺激したり、アンギオテンシンⅡを注入したりすると「喉の渇き(乾き❌)」を生じ、水を探し、水を飲むようになる。摂食中枢とされる視床下部外側野は破壊するとほとんどご飯を食べなくなるが、脳弓下器官を破壊しても飲水は消失はしない。結局、その他の周囲の他の神経核の破壊も必要であったことから、最終的に脳弓下器官を含むその他の脳室週器官と視床下部を含めて飲水中枢複合体として認知されるようになった。

 スティルスーツ(Stillsuit)の話をするための前置きがかなり長くなってしまって申し訳ない。このスーツは高温乾燥下で人が水分を失わないように、生き抜くために必須のアイテムとしてDUNEに登場する。このスーツは目の部分を残して、体全体を覆うスーツである。とにかく臭いらしい。とても近寄れないくらい臭いらしい。

 スーツ生地は多層構造になっており、皮膚に接する部分は多孔質で汗を気化して吸い取ることができるため、皮膚温を低下させることができる。その熱は次の層の熱交換フィラメントで体外に放出される。この層には塩分フィルターも備わっており、汗中のNaClを吸着し、再生水を精製する。尿と糞便は太腿に設置されるパッドに溜められ、同じく再生水が抽出される(臭いのはそのせいか?)。着脱式の顔面マスクには鼻腔フィルター付のチューブがあり、口から息を吸いこんて鼻から吐き出すことで、呼気からの水蒸気も回収される。これらの再生水は浸透圧や筋肉の動きによるポンプ力を使って貯水袋に運ばれ、首から出るチューブから飲水することができる。つまり、水分ロスは目とその周囲の皮膚からだけとなり、1日にわずか数mlしかロスしない仕組みになっている。体液調節の研究者から見ても、良くできている。謎の熱交換フィラメントだけは気になりますが。

 DUNEではスティルスーツに象徴されるように「水の貴重さ」が至る所に描かれている。このスーツを着用する砂漠の民フレメンは、相手に忠誠を誓うときに唾を吐き捨てる。緑の惑星からやってきた主人公たちは、初めこそ唾を吐かれて激怒するが、水を大切にするフレメンの様式を受け入れていく。

 小野は体液調節の研究をやっていたせいで、海(ソラリス)も好きですし、砂漠(DUNE)も大好きです。そのせいで、唾液の研究もやっていました。そのせいで、痛みの研究をやり、そのせいで、現在は触覚の研究も始めているのですが、そこら辺の話もいずれしたいと思います。ではでは。

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