『西海岸の英雄』は極東でも花咲くか 種牡馬カリフォルニアクロームについて考察
「ケンタッキーダービー」
「ニューヨーク牝馬三冠」
このように、アメリカ競馬で見られる地名の多くは東海岸の地域のものです。これは日本の馬産の中心地が北海道にあることと同様、馬産の中心が東側のケンタッキー州にあることに由来しています。
そんなアメリカで「西海岸生産馬」は日本でいう九州産馬のようなものなのですが、そんな西海岸生産馬として53年ぶりのケンタッキーダービー制覇、そして史上初の2冠馬になったのが『西海岸の英雄』カリフォルニアクロームです。
二冠馬と言えば、日本ではサンデーサイレンスが有名ですが、他にも栗毛ロリコンウォーエンブレム、総帥の最終兵器アイルハヴアナザーなどが日本にも輸入されており、種牡馬としてもネタ馬ばっかり評価の高い馬が多いですがカリフォルニアクロームは事前評判もそこまで高くはなく、産駒がデビューしてからも「芝で勝てるんだ」という声が出るほど。
ただ実際のところ、新種牡馬の中ではスワ―ヴリチャード、ブリックスアンドモルタルほどではないものの、ニューイヤーズデイ・レイデオロと同程度(執筆時点)の勝ち数であり、低すぎる前評判を覆す成績を収めています。
社台・ノーザン系ではなく、日高の繁殖相手だと考えると十分優秀な成績だと思います。
本日は、そんな「種牡馬」カリフォルニアクロームを現役時代も振り返りながら考えたいと思います。
血統
まずは血統です。西海岸生産馬ということもあって、アメリカ的価値観で考えるとはっきり言ってクソです。下手したらサンデーサイレンスよりひどいかもしれません。
父ラッキープルピットは現役時代は重賞勝ちは無し、種牡馬としてはカリフォルニア州で繋養され、初年度種付け料はたったの2500ドル。一応GⅠキャッシュコールフューチュリティ(現在はロスアラミトスフューチュリティに改名しGⅢ降格)2着のラウジングサーモンを輩出しましたが、重賞勝ち馬はカリフォルニアクロームしかいません。彼の活躍以後はカリフォルニア州のリーディングサイアーを複数回獲得していますが、種牡馬としては微妙と言わざるを得ません。
日本的に表現するなら「重賞未勝利だけど、父ディープ母父キンカメという血統背景は悪くないので九州で種牡馬入りしました。ひまわり賞ウィナーは複数輩出しています」みたいな感じだと思います。
母Love the Chaseも一応有力勢力の4号族(日本ではダイワスカーレットなどが出身)ではあるものの、5代以内に目立った馬もおらず、自身も現役時代は1勝に留まります。
但し、この母はカリフォルニアクロームと同じPetty Martin氏とSteve Coburn氏の生産馬であり、この母の血統が彼の活躍にも繋がっています。
母Love the Chaseの血統
なんといっても目を引くのが名牝Numbered Accountの3×3クロス。
現役時代も22戦14勝、エクリプス賞最優秀2歳牝馬などを獲得した名馬ですが、繁殖としてもGⅠ2勝、種牡馬として大成功したプライヴェートアカウントを輩出、母系からは日本に輸入された孫のアサティスなど多くの活躍馬を輩出しました。
Love the Chaseの父・母父はいずれも目立った競争成績を残せませんでしたが、いずれもこのNumbered Accountの孫・息子という血統背景から種牡馬入りしています。
名牝のクロスというのは概して大手生産者しか作れず、西海岸の零細生産者であるPetty Martin氏とSteve Coburn氏にはなかなか難しかったと思いますが、代替種牡馬をうまく利用しクロスを成立させている点はこだわりを感じますし、彼らがLove the chaseの繁殖入りに拘ったのは納得がいきます。
ちなみ日本で種牡馬入りしているアサティスとティンバーカントリーが同様にNumbered Accountを母系に有しており、このクロスは日高の中小牧場の生産馬なんかにも見ることができますね。今年亡くなりましたが、ディスクリートキャットが日本で繋養されていた近年では、彼の母父Private Account経由でのクロスも増えていたので、カリフォルニアクロームが導入された今、日本でNumbered Accountの濃いクロスを有する競走馬はますます増えていくんじゃないでしょうか。
産駒の傾向
執筆時点で既に芝で4勝の勝ち星を挙げており、特にスプリングノヴァは1勝クラスのサフラン賞を勝利するなど、カリフォルニアクローム産駒が芝路線でも活躍していることは驚きを持って受け入れられています。
種牡馬入り当初のアメリカ、シャトル供用先でのチリでも、GⅠ馬こそダートレースのチリ2000ギニーのChoromiumのみですが、芝レースでも勝利している産駒が一定数おり、デビューした産駒がまだ少ない日本のみでの偏りではないようです。
筆者もダートが主戦場かなとは思っていたのでなかなか衝撃ではあったのですが、冷静に考えてみるとそこまでおかしな話でもありませんでした。現役時代にはアメリカ3歳芝路線の大レースであるハリウッドダービーを制していますし、4歳時にはプリンスオブウェールズS(芝2000m)の出走を目指しイギリス遠征も行っていました(コンディション不良もあり出走は叶いませんでしたが)。
前項で扱ったように、典型的なアメリカ血統である彼の血統から芝適性というのはそこまで強く感じません。また、アメリカにおいて二冠馬、三冠馬がGⅠとはいえ、アメリカにおいては格下の芝路線のハリウッドダービーに出走するという事態は極めて珍しいです。
ここからは完全な推測になりますが、察するにオーナーサイドが彼に少しでも種牡馬としての可能性を増やしたかったのではないでしょうか。
先述の通り、カリフォルニアクロームの血統はアメリカ的価値観で評するとクソです。同様に血統が酷く(カリクロよりは相当マシですが)、アメリカでの種牡馬生活が絶望的だった二冠馬を我々日本人はよく知っています。
サンデーサイレンスの日本導入前夜、アーサー・ハンコック氏はシンジケートを国内で組む予定でしたが、購入希望者はたった2人(身内)しかいませんでした。
無一文から成りあがるRags to richesはアメリカンドリームの最たるものですが、アメリカの格差社会は残酷すぎるまでにそれを拒みます。カリフォルニアクロームのオーナー達も、それはよく理解していたんじゃないでしょうか。
しかしながら、芝での実績があるのならまだ可能性はあります。南米、南アフリカ、豪州、欧州…そして日本。ハリウッドダービー、そしてイギリス遠征はそうした事情もあったのではないでしょうか。
当時の現地報道を振り返ると、カリフォルニアクロームへのオーナーたちの愛は相当重く、時折愛が暴走して物議を醸していたほどです。
他方で、弟、妹にあたる産駒たちは今後の生産も意識して高額の購買オファーを断っており、零細ではありながら馬産家としての観点も持ち合わせていました。
種牡馬として血を残させたい…それが彼らなりの愛の形なのかなと思います。
余談
彼の現役時代を振り返って1番記憶に残っているのが、16年ドバイW杯でラニに威嚇されていたカリフォルニアクロームですね。
当時は「ラニやりおったwww」なんて思っていましたが、まさかカリフォルニアクロームが日本に輸入されて、ましてや同じアロースタッドで繋養されるとは夢にも思っていませんでした。
それにしてもこれ程の名馬の1番の思い出が、レースではなく威嚇された事になる辺り、ラニ様のエンタメ力も凄まじいです。
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