【徒然日記】運命なんて絵空事?
【世界一周まであと〇〇日】
人の縁は人には作れない という言葉と
運命の人なんて自分で作るしかない
他にもたくさん矛盾に溢れた言葉が渦巻いています。
どっちがいいわけでもありませんが、
どっち寄りの考え方ですか?
昔はめちゃくちゃ運命を信じていました。
恋愛における運命の人はいるって思っていたし、
友情に関してもこの人と出会ったのは絶対運命だった
って思っていました。
そういう絶対的な何かが好きなんだと思います。
今はどうだろう、運命という言葉に、人任せに自分の人生をゆだねられないなんて思ったりもします。
ここに至るまで、たくさん自分の頭で考えて、心で感じて選択してきました。自分の人生は自分で決めたいと思います。
でも、最初の矛盾に感じるような言葉、
どっちもその通りだなと思います。
私があの大学に受からなかったら、あの大学を選ばなかったら、今私が心から大事にしている人に出会えていなかったかもしれないし、同じようなかたちにはなっていなかったかもしれない。
私が派遣をやっていなかったら、ほんの短いお互いの人生が重なったときがずれていたら、あんなに仲良くなった人たちとは一生知らない人同士だったかもしれない。
今ここにいなかったら、尊敬する上司に出会えていなかったかもしれない。
そんな風に、自分で選択して、自分が身を置く場所を決めてきたけれど、
そこで、この人たちに出会えてよかったと心から感じる人たちに出会えるとは毎回思いもしなかったのです。
自分の道や場所は自分で選んでいるけど、人と人との「出会い」っていうのは不思議です。
自分でつくることはできないのかもしれません。どんな人と出会えるか、仲良くなれるかは分からないですから。
でも、運命は自分でつくるしかないというのも納得です。
その他大勢か、たった一人か。それは自分との相性と自分の行動で変えられると思います。
あなたのことが大事だと伝える。
あなたとの時間が楽しいと伝える。
その人との時間を心から楽しんで過ごす。
そうやって、自分とその人との間に、その他大勢との間にはないストーリーや思い出がうまれることで、その人が恋愛であれ、友情であれ、
出会えて心からよかった、と思うくらい大事な人になるのでしょう。
だから、過ごした時間や、つかった時間は自分というものを形成していくんでしょうね。
全部、得意も、下手もあるでしょう。
自分になんだか絶望するときもあるでしょう。
何かを信じれなくなるときもあるでしょう。
何かにすがりたいときもあるでしょう。
自分が選択する此処は変えられるし、
自分の行動も変えられる。
変えないことだってできる。
だから自分の、今、ここ、で、
自分が大切にしたいものは大切だと伝えなくてはなりません。
じっと待っていても、何かのせいにしたくなってしまいます。
運命は絵空事でしょうか?
でも、起こった出来事が必要だったと思って生きていたいし、
その反省を活かして今に繋げたいです。
そうやって今をたくさん繰り返して
自分ではどうにもできない波にものまれたりして、
それでも自分で考えて感じて選択して、
「あーー、運命の人だったじゃん」とか
「これも運命だったのかもな」
って後からふと思えたら、なんだか幸せだなって、すごく思います。
こう考えるかも、ひとそれぞれ。
人の分だけ、人と違う人生があるから、
たったひとつの自分の人生、たくさん愛して楽しんで生きていきたいです。
kana
この投稿はmana&kanaの共同です。投稿の最後に投稿者の名前を書いています。
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