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0026 《大切って.》

 新宿駅で迷子になった。

 せいかくには、自分がどこにいるのかわからなくなってしまったのだ。

 中学一年から大学四年まで10年間使っていた新宿駅。西口から東口へ通り抜けられる近道まで知っていたこの駅は、目をつむっても歩けるほどだった。それなのに、「ここどこ?」と慌ててしまった理由は、あの改札がなくなっていたからだった。

 
 JRの西口改札。そこを出て、ロータリーからバスに乗って中高一貫の学校に通っていた。帰りには、地下鉄組の子たちとその手前で別れることになる。

 その中のひとりと仲良しだった頃。その子がどうやって好きな子にアプローチするかを改札の手前でああでもないこうでもないと話し合った。カフェに入るとかじゃなく、もうちょっとだけおしゃべりしていたかったのだ。(ちょっとだったことは一度もなかった気がするけれど。)

 ある朝にはその場所でスカウトというものをされた。その芸能事務所の人たちとは、20代半ばまで交流があった。そんな縁が生まれたのも、あの改札の前だった。
 

 
 当然あると思っていたものがなくなったことを知った時、初めにすることはその事実を疑うこと、みたいだ。そしてそんなはずはないと否定する。改札のあった場所を何度も振り返っては「うそ。」と心の中でつぶやいた。ひらけたその場所はみょうに明るく感じられた。

 正面に向き直ると、昔は紙のポスターだったところに広告用のスクリーンがあって、そこに映っていたのは最近有名になったモデルの女の子だった。そのことが、あの改札がなくなったことをわたしの中で確信に変えた。もうあの頃じゃないのだと、彼女を見てふと我に返ったのだ。

 これだけ時が流れているのだから、街が変わることは自然なことなのだと、受け入れはじめた瞬間だったかもしれない。

 それでも、やっぱりさみしかった。誰と話している時でも視線の先にあの改札があったことを今でもはっきりと覚えている。

 駅の工事が進んでいたことも知らなかったわたしがさみしがる資格なんてないのかもしれないけれど。成長していることを感じたくて、「もう新宿じゃない」と六本木や恵比寿や銀座にばかり足を運ぶようになったくせに、とも思うのだけれど。

 失って初めて、大切な想い出の場所だったと気づかされた日。大切な人のもとへと向かっていた足取りは心なしか早くなった。



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