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《父、賛.》

 父の日でしたね。皆さまはどのような一日を過ごされましたでしょうか。

 お父さまを連れお食事へ、ぽつりとお父さまにLINEをしてみたり、はたまた普段通りだったりと、さまざまに過ごされたかと思います。



 こちらは、特別父の日らしいことをしていないと言えば「普段」ですが、ある意味では特別な日曜日を送ることとなりました。

 茶道のお稽古場で、お客さまにお抹茶をふるまっているこの頃。ちょうどこの日、20年来の友人が遊びに来てくれたのです。それも、初めて会う僕と、久しぶりにお会いするお母さまと一緒に。

 大切な友人ですし、親子三代で来てくれるのだから!と意気込み、前日はなかなか寝付けず、当日は茶筅(ちゃせん)をもつ手が初めて震えました。

 それでも、無事におもてなしが、完璧とはいかなくともでき、ほっと一日を終えようとしていた時、友人から「母が、お点前にも感動していたし、まな(わたし)の髪を絶賛していたよ。」とLINEが入りました。





 父が亡くなって19年。近頃は一緒に過ごした思い出よりも、自分の中に「父」を感じることが多くなってきています。

 幼いわたしがみていた父は、今のわたしと同い年。不思議はないのかもしれません。

 自由が何より好きなところ、ニューヨークが好きなところ、人当たりのいいところ、胃下垂ぎみなところ、三角形のお団子みたいな鼻、眠たい時の絶望してるみたいな目元、直線と曲線がみょうなバランスの輪郭、そして髪。

 友人のお母さまが何気なく褒めてくださった髪。実は父ゆずりだったのです。受け継いだものの中でも、とくに気に入っていることの一つで。

 量が他人(ひと)の3倍はあって、時々指にささるほどのコシとハリのある黒髪。若い頃には量の多さに美容室へ行くと恥ずかしいくらいでしたが、今は自然な形ですこやかさを演出してくれているのでは?と自負しております。


 これを父の日に、またあまりに予想外な形で褒めていただいたこと。父不在のこの日に今年もなりましたが、ふいに甘くあたたかい気持ちが胸に広がりました。

 来年も、再来年も、その先も父とこの六月の日を過ごせないことは正直寂しいのです。それでも、頭にたっぷりのるこの髪とは肌身離さず過ごせる、と想うとずいぶん心づよい気がいたします。

 これに気づかせてもらえた、今年の父の日。それもこれも友人とお母さまと僕のおかげ。感謝してもしきれません。


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